「速い馬」への感謝
速い馬が欲しい。
これは自動車のフォードがいったとされる(諸説あるようです)名文句です。前々回、前回と、ネガティブな投稿を2本続けてしまいました。
今回はその穴埋めとして、ポジティブな話を書いておこうと思います。
お客様との打ち合わせで重要になるのが、この「速い馬が欲しい」というリクエストです。この種の相談を受けると、つい速い馬そのものを探す動作に入ってしまいますが、本来の趣旨は「速く移動したい」という点にあります。
馬を速くするのではなく、車という別の手段を提案する——つまり、要望の言葉ではなく、その奥の目的に応えるということです。
この本当の目的を掘り当てる作業が、実はいちばん大変です。
振り返ってみれば、これまでにも速い馬のリクエストは数多くありました。「Excelのマクロを組んでほしい」「RPAを導入したい」「データを可視化したダッシュボードが欲しい」。どれもそうです。話を掘り下げていくと、転記作業をなくしたい、月末の残業を減らしたい、という切実な願いに行き着きます。
とりわけ不動産業界と医療業界の事務処理は、自由フォーマットが過ぎるあまり、基本的に二重入力の嵐です。
だからこそ、いきなり車を提案するのではなく、まず目の前の二重入力をひとつ減らして見せる。トラブルの全体を俯瞰して、解決策を練っていく。この小さな成功が「この人なら任せられる」という信頼につながり、次の相談を引き出してくれます。
速い馬の依頼は、本当の課題に出会えるチャンスでもある。最近はそう前向きに捉えるようにしています。
自由フォーマットに苦しむ現場が多いということは、裏を返せば、改善の余地が山ほど残っているということです。小さな成功を積み重ねていけば、いつか車どころか、飛行機を提案できる日が来るかもしれません。
成功談の持ちネタも、手元にいくつかあります。
不動産会社の物件情報の転記を半自動化した話、クリニックの予約表づくりをボタンひとつにした話。どれも派手さはありませんが、「休日残業がひとつ減りました」と喜んでもらえた、確かな一歩でした。オペレーションに組み込まれた状態で、それが正常に稼働している。これを眺めるのが、何よりの幸せです。
こうした成功談を書くにあたって、自分への備忘録を3つ残しておきます。
第一に、提案した側の手柄話にしないこと。実際に頑張ったのは、日々の業務を回しながら新しいやり方を受け入れてくれた現場の皆さんであって、私がやったのは速い馬の相談を車の話に翻訳しただけです。この視点を忘れると、成功談はただの自慢話になってしまいます。
第二に、導入した仕組みの説明よりも、導入前の困りごとを丁寧に描くこと。予約表のボタンひとつの裏には、紙の台帳と電話メモと手書きの修正が山ほどありました。あの散らかった机の風景から書き始めて、読んだ人が「うちも同じだ」と思えて初めて、速い馬の話は他人事ではなくなります。
第三に、無理のないペースで続けること。続けられる形に整えるのも、仕組みづくりのうちだからです。
そして思えば、速い馬の相談に乗るこの仕事は、私にとって「好きなこと・体に染みついたぐらいの得意分野・需要あり」の3点セットがそろいやすい領域です。困りごとを掘り下げる作業は好きですし、Excelや自動化は得意分野、そして二重入力に苦しむ現場には需要が山ほど転がっています。
講師業では崩れかけた3つの要素が、こちらの現場では自然とそろっている。そう気づけただけでも、この投稿を書いた甲斐がありました。
こうして書き連ねてみると、ネガティブな投稿を取り返すつもりが、いつの間にか自分の仕事観の棚卸しになっていました。そして、いちばん励まされていたのは自分自身だったことにも気づきます。書くという作業には、自分の仕事を翻訳し直す効果があるのでしょう。だとすれば、この投稿の本当の読者は、未来の自分です。
落ち込んだときに読み返せば、現場にはまだ楽しみが転がっていると思い出せる。そんな保険を一本仕込めたと思えば、今夜の一杯も悪くない味になりそうですね。まあ、酒の席では自慢話として話させてください。