事象と確率
いよいよ第6章「確率」に入ります。これまで学んできた記述統計(第1章〜第5章)は、「目の前にあるデータを要約する」ことが中心でした。一方、確率は「まだ起きていないことを数学的に扱う」世界。同じ統計学の中でも、考え方のギアがぐっと変わるパートです。
本ページでは、事象に関する用語をベン図とともに整理し、確率の3つの定義(古典的確率・頻度確率・公理的確率)を順を追って学びます。少し長めのページになりますが、ここを丁寧に押さえると、第6章の残りの内容がすっと頭に入るようになります。
本ページは概念の整理に集中しています。次のページでは、ここで学んだ内容を使った練習問題をたくさん用意しています。
第6章の入り口! ここは新しい用語がたくさん出てくるから、ゆっくり学習してね! 一気に進まなくていいから、ベン図を眺めながら少しずつ理解していこう!
1. 試行と事象 ─ 確率を考える土台
確率を語るには、まず「何を考えているのか」をはっきりさせる必要があります。そのための2つの基本用語が、試行と事象です。
試行(しこう)
試行(しこう、trial)とは、「結果がいくつか考えられて、実際にやってみるまでどれが起こるかわからない行為」のことです。サイコロを1回振る、コインを1枚投げる、トランプから1枚引く──これらはすべて試行です。
事象(じしょう)
事象(じしょう、event)とは、「試行の結果として起こりうる事柄」のことです。サイコロを振る試行であれば、「3の目が出る」「偶数の目が出る」「5以上の目が出る」などはすべて事象です。
例で押さえる
試行と事象の関係を、サイコロを1回振る場合で整理してみましょう。
- 試行:サイコロを1回振る
- 起こりうる結果:1, 2, 3, 4, 5, 6 の6通り
- 事象の例:「3が出る」「偶数が出る」「5以上が出る」「7が出る」
最後の「7が出る」も立派な事象です。サイコロには7の目はないので、起こりえない事象──空事象と呼ばれるものですが、それも事象のひとつとして扱います(後ほど詳しく触れます)。
2. 事象に関する用語 ─ ベン図で理解する
事象に関する用語は、たくさん出てきます。ベン図──四角形の中に円で関係を表す図──を使うと、それぞれの違いが視覚的にスッと入ります。
根本事象
根本事象(こんぽんじしょう、elementary event)は、「これ以上分けられない、最小単位の事象」のことです。サイコロなら「1の目が出る」「2の目が出る」…「6の目が出る」のひとつひとつが根本事象。標本点とも呼ばれます。
全事象
全事象(ぜんじしょう、whole event)は、「起こりうる根本事象をすべて集めたもの」です。記号では U や Ω(オメガ)で表します。サイコロなら「1〜6のいずれかが出る」が全事象です。当たり前すぎて見落としがちですが、確率の計算では分母としてとても重要な役割を果たします。
サイコロの全事象(U)と6つの根本事象(1〜6の目)
和事象(A∪B)
和事象(わじしょう、union)は、「事象Aまたは事象Bのどちらか(または両方)が起こる」事象のことです。記号は A∪B で、「AとBの和集合」と読みます。
たとえばサイコロで「Aを偶数が出る(2,4,6)」「Bを5以上が出る(5,6)」とすると、A∪Bは「2, 4, 5, 6 のいずれかが出る」となります。「AかBのどちらかでもあてはまる」のが和事象です。
和事象 A∪B:AとBのどちらか(または両方)に含まれる領域
積事象(A∩B)
積事象(せきじしょう、intersection)は、「事象Aと事象Bが同時に起こる」事象のことです。記号は A∩B で、「AとBの積集合」と読みます。
先ほどの例で「Aを偶数が出る(2,4,6)」「Bを5以上が出る(5,6)」とすれば、A∩Bは「両方の条件を同時に満たす」つまり「6が出る」となります。
積事象 A∩B:AとBの両方に同時に含まれる領域(重なり部分)
余事象(A^c)
余事象(よじしょう、complement)は、「事象Aが起こらない」事象のことです。記号は A^c(または A バー)で表します。Aの「あまり」、つまり全事象からAを取り除いた残り全部がA^cです。
サイコロで「Aを偶数が出る(2,4,6)」とすれば、A^cは「奇数が出る(1,3,5)」となります。「Aではない」のすべてが余事象です。
余事象 A^c:Aの外側、つまり「Aではない」領域すべて
排反な事象
排反な事象(はいはんなじしょう、mutually exclusive)とは、「同時には起こらない2つの事象」のことです。互いに排反とも言います。
たとえば「偶数が出る」と「奇数が出る」は同時には起こりません。これが排反です。ベン図では、2つの円が重ならない(A∩B = 空事象)状態で表現されます。
排反な事象 A と B:重なる領域がない(同時には起こらない)
空事象
空事象(くうじしょう、empty event)は、「絶対に起こらない事象」のことです。記号は ∅(空集合の記号)で表します。サイコロで「7が出る」「8が出る」などは、起こりえないので空事象です。
排反な事象 A と B の積事象 A∩B は、同時には起こらないので空事象 ∅ になります。「排反 ⇔ 積事象が空事象」という対応関係を覚えておきましょう。
用語まとめ表
| 用語 | 記号 | 意味 | サイコロでの例 |
|---|---|---|---|
| 根本事象 | − | これ以上分けられない最小単位 | 「3が出る」 |
| 全事象 | U または Ω | 起こりうる結果すべての集まり | 「1〜6のいずれかが出る」 |
| 和事象 | A∪B | AまたはBが起こる(片方or両方) | 偶数または5以上 = 2,4,5,6 |
| 積事象 | A∩B | AとBが同時に起こる | 偶数かつ5以上 = 6 |
| 余事象 | A^c | Aが起こらない | 偶数の余事象 = 1,3,5 |
| 排反な事象 | − | 同時には起こらない関係 | 偶数と奇数 |
| 空事象 | ∅ | 絶対に起こらない | 「7が出る」 |
3. 確率とは何か ─ 3つの定義
用語が整理できたところで、いよいよ確率そのものに入ります。実は「確率とは何か」の答えは、歴史的に3つの定義が積み重なってきました。
- 古典的確率:「同じ可能性で起こる結果がN個あれば、各結果は1/N」とする定義
- 頻度確率:「実験を何度も繰り返して、その相対頻度の極限」とする定義
- 公理的確率:「確率が満たすべきルール」を出発点にする現代的な定義
順番に見ていきます。3級の試験では3つすべてを深く理解する必要はありませんが、確率という概念がどう発展してきたかを知っておくと、確率の問題への理解が一段深まります。
4. 古典的確率 ─ ラプラスによる定義
もっとも古く、もっとも直感的な定義が古典的確率(こてんてきかくりつ、classical probability)です。18〜19世紀の数学者ラプラスによって整理されたので、ラプラスの確率とも呼ばれます。
定義
P(A) = 事象Aに含まれる根本事象の数 ÷ 全事象に含まれる根本事象の数
ただしこの定義には、大事な前提があります。すべての根本事象が「同じ可能性で起こる(同様に確からしい)」こと。サイコロの各面、コインの表裏、トランプの各カードなどが該当します。
具体例
歪んでいないサイコロを1回振るとき:
- P(3が出る) = 1 ÷ 6 = 1/6
- P(偶数が出る) = 3 ÷ 6 = 1/2(2,4,6の3通り)
- P(5以上が出る) = 2 ÷ 6 = 1/3(5,6の2通り)
古典的確率の長所と限界
古典的確率は、「数えれば計算できる」のがメリット。サイコロやコインのように、結果が有限個で、すべて同じ可能性で起こる場面では、これだけで十分に確率が求まります。
ただし、「同様に確からしい」が成り立たない場面には使えません。たとえば「明日雨が降る確率」「ある選手がホームランを打つ確率」などは、根本事象を等確率に分けることができません。古典的確率の出番ではないのです。
5. 頻度確率 ─ 繰り返してみる定義
古典的確率の限界を埋めるために登場したのが、頻度確率(ひんどかくりつ、frequency probability)です。統計的確率とも呼ばれます。考え方は、20世紀初頭の統計学者たち(フィッシャーやネイマンなど)によって整備されました。
定義
P(A) = 試行を多数回繰り返したときの、Aが起こった回数の割合(相対頻度)の極限
シンプルに言えば「実際にやってみて、何回中何回起きたかの割合」です。サイコロを6,000回振って3が出た回数が約1,000回なら、P(3) ≒ 1/6。コインを10,000回投げて表が約5,000回なら、P(表) ≒ 1/2。
具体例
ある選手の打率を調べたい場合:
- 1,000打席に立ったとき、ヒットを300本打ったとする
- P(ヒット) ≒ 300 ÷ 1,000 = 0.300(打率3割)
- 打席数が増えるほど、この値は真の確率に近づくとされる
大数の法則
頻度確率の背景には、大数の法則(たいすうのほうそく、law of large numbers)という重要な性質があります。「試行回数を増やすほど、相対頻度は真の確率に近づいていく」という法則です。
コインを10回投げると表が3回しか出ないこともありますが(30%)、10,000回も投げればだいたい50%に近づきます。「やってみる」「繰り返す」ことで、確率の正体に迫っていく──これが頻度確率の発想です。
頻度確率の長所と限界
頻度確率の強みは、「同様に確からしい」が成り立たない場面でも使えること。打率、不良品率、感染率、事故率など、実際にデータを集めて確率を推定するのは現代統計学の中心的な手法です。
ただし、こちらも限界があります。「1回しか起こらない出来事」──たとえば「次のオリンピックで日本が金メダルを20個取る確率」「ある会社が来年倒産する確率」などには、繰り返しがないので適用できません。
6. 公理的確率 ─ 現代の出発点
古典的確率と頻度確率、それぞれに長所と限界がありました。これらをすべて包み込む現代的な定義が、公理的確率(こうりてきかくりつ、axiomatic probability)です。20世紀の数学者コルモゴロフによって1933年に確立されました。
「確率とは何か」を定義しない斬新な発想
公理的確率の発想は斬新です。「確率とはこういうものだ」と定義するのではなく、「確率が満たすべきルール(公理)」だけを決めるという発想なんです。
具体的には、確率は次の3つの公理を満たす量として定義されます。
① 非負性:どんな事象Aについても、P(A) ≥ 0
② 全確率:全事象Uの確率は P(U) = 1
③ 加法性:互いに排反な事象 A, B について、P(A∪B) = P(A) + P(B)
3つの公理の意味
順番に見ていきましょう。
- 非負性:確率はマイナスにならない。直感的にも納得できますね
- 全確率:「何かが必ず起こる」確率は100%、つまり1。これも当たり前
- 加法性:「AまたはB」の確率は「AとBがどちらも起こらない関係(排反)」のときだけ、P(A) + P(B) で計算できる
具体例
サイコロを1回振る試行:
- 各目が出る確率は 1/6 ≥ 0 → 非負性 ✓
- 1〜6のいずれかが出る確率 = 6 × (1/6) = 1 → 全確率 ✓
- 「2が出る」と「5が出る」は排反(同時に起こらない)
P(2または5) = 1/6 + 1/6 = 2/6 → 加法性 ✓
公理的確率の偉大さ
この3つの公理だけから、確率に関するすべての性質や公式が証明できます。古典的確率も頻度確率も、公理的確率の特殊なケースとして含まれます。「確率とは何か」を直接定義せず、ルールだけ決めることで、すべての場面に適用できる確率論を作り上げた──これがコルモゴロフの偉大な仕事です。
3級では公理を覚えるよりも
3級の試験で公理的確率の3つの公理を直接問う問題はそれほど多くありません。「確率は0〜1の値である」「全事象の確率は1」「互いに排反な事象の確率は足せる」──この感覚が身についていれば、十分に対応できます。
7. 3つの定義を比較する
最後に、3つの確率の定義を一望しておきましょう。
| 定義 | 計算方法 | 得意な場面 | 苦手な場面 |
|---|---|---|---|
| 古典的確率 | 場合の数を数える | サイコロ・コイン・くじ | 「同様に確からしい」が成り立たない場面 |
| 頻度確率 | 多数回の試行から相対頻度 | 打率・不良品率・事故率 | 1回しか起こらない出来事 |
| 公理的確率 | 公理(ルール)から導く | あらゆる場面に対応可能 | 抽象的で初学者には難しい |
実務や試験では、場面に応じて使い分けるのが現実的です。サイコロやくじの問題なら古典的確率、データから推定する場面なら頻度確率、理論の整合性が問われる場面なら公理的確率──と、それぞれの強みを活かします。
8. 確率の基本的な性質
公理から導かれる、確率のいくつかの基本的な性質を整理しておきます。これらは試験で頻繁に登場します。
性質1:確率は0以上1以下
どんな事象Aについても、0 ≤ P(A) ≤ 1。これは公理①と②から導かれます。「確率が1.5」「確率が-0.2」のような値は出てきません。
性質2:余事象の確率
P(A^c) = 1 − P(A)
Aと A^c は排反で、合わせると全事象になるので(A∪A^c = U、P(U) = 1)、加法性から P(A) + P(A^c) = 1。これを変形した式です。「Aが起こる確率」より「Aが起こらない確率」のほうが計算しやすい場面が多いので、よく使うテクニックです。
性質3:和事象の確率(加法定理)
P(A∪B) = P(A) + P(B) − P(A∩B)
これは確率の加法定理と呼ばれる重要な公式です。AとBが排反でない(重なる)場合、単純に P(A) + P(B) としてしまうと、重なり部分(A∩B)を2回数えてしまいます。だから、最後に重なりを1回引きます。
もしAとBが排反なら A∩B = ∅ となり、P(A∩B) = 0 なので、P(A∪B) = P(A) + P(B) という、よりシンプルな式になります(これが公理③そのものです)。
具体例
サイコロを1回振る試行で、A=偶数(2,4,6)、B=5以上(5,6) のとき:
- P(A) = 3/6 = 1/2
- P(B) = 2/6 = 1/3
- P(A∩B) = 1/6(6が共通)
- P(A∪B) = 1/2 + 1/3 − 1/6 = 3/6 + 2/6 − 1/6 = 4/6 = 2/3
実際、A∪B = {2,4,5,6} で4個の根本事象を含むので、4/6 = 2/3。一致します!
まとめ
第6章のスタートとなる本ページ、ポイントを整理しておきましょう。
- 試行:結果がいくつか考えられる行為。事象:試行の結果として起こる事柄
- 事象の用語:根本事象・全事象・和事象(A∪B)・積事象(A∩B)・余事象(A^c)・排反な事象・空事象(∅)
- 古典的確率:場合の数で計算。同様に確からしいことが前提
- 頻度確率:多数回の試行の相対頻度。大数の法則に基づく
- 公理的確率:3つの公理(非負性・全確率・加法性)で定義する現代的な確率
- 加法定理:P(A∪B) = P(A) + P(B) − P(A∩B)
- 余事象の公式:P(A^c) = 1 − P(A)
ここまで、確率を扱うための用語と定義を整理してきました。次のページでは、ここで学んだ内容を実際に使ってみる練習問題をたくさん用意しています。手を動かして問題を解くことで、概念がぐっと自分のものになります。
長いページだったね、おつかれさま! ベン図と用語、3つの確率の定義──ここまで読み切ったあなたなら、もう確率の世界の住人だよ! 次のページでは練習問題で手を動かしてみよう! 知識が「使える知識」に変わる瞬間を一緒に体験しよう!