時系列データ① — 成長率と幾何平均
1. データの形 ─ クロスセクション・時系列・パネル
1-1 では「1つ1つの変数」の種類を分けました。この回では視点を変えて、データセット全体(表)の形による分類から始めます。これは「データの集め方」の違いとも言えます。
- クロスセクションデータ(横断面データ):ある一時点で、複数の対象を観測したデータ。例:2026年4月時点の各都道府県の人口。時間が固定なので並び替えが可能です。
- 時系列データ:同じ対象を、時間を追って観測しつづけたデータ。例:ある会社の月次売上(2020〜2026年)。並び替えると時間の情報が失われます。
- パネルデータ:複数の対象を、時間を追って観測したデータ。上の2つを兼ね備えたもの。例:47都道府県の年次人口推移。情報量が一気に増えます。
見分けのコツは時間が動くか、対象が複数か。時間が固定で対象が複数ならクロスセクション、対象が固定で時間が動くなら時系列、両方ならパネルです。
この回と次回(1-14)で扱うのは、このうちの時系列データです。時間の順番そのものが情報なので、まずは「前の時点と比べてどれだけ変わったか」を測るところから入ります。
2. 前年比と成長率
時系列データを数値で要約する基本が成長率(変化率)です。前の時点 $x_{t-1}$ から今の時点 $x_t$ にかけて、どれだけ増えた(減った)かを割合で表します。
これに100を掛けると「前年比 $+\,r_t \times 100$ %」と表現できます。
右側の $\dfrac{x_t}{x_{t-1}}$ は前年比(倍率)です。たとえば $x_{t-1}=100$、$x_t=110$ なら、前年比は $110/100 = 1.1$ 倍、成長率は $1.1 - 1 = 0.1$、すなわち+10%です。倍率=1+成長率という関係を、このあと何度も使います。
対数を使った見方(テキストにはない補足)
ここは2級の出題範囲表にもテキストにもない補足です。読み飛ばしても、このあとの指数化と幾何平均の理解には影響しません。対数に慣れている方向けの「もう一つの見方」として置いておきます。
成長を扱うとき、対数は強力な道具になります。$\log$ をとると掛け算が足し算に変わるので、連続した期間の成長を足し算でつなげられるからです。
倍率 $1+r_t$ の対数 $\log(1+r_t)$ を対数成長率と呼び、$r_t$ が小さいときは $\log(1+r_t) \approx r_t$ と近似できます(自然対数の場合)。
この近似が成り立つのは、$r_t$ が0に近いところで $\log(1+r_t)$ の接線がちょうど $r_t$ になるからです。たとえば $r_t=0.03$ なら $\log(1.03) \approx 0.0296$ で、ほぼ3%。
だから「前年比+3%」と「対数成長率3%」は、小さな変化なら実用上ほぼ同じ、というわけです。
3. 指数化(基準=100)
スケールの違うデータを比べるとき便利なのが指数化です。ある基準時点の値を100とし、ほかの時点をそれに対する相対値で表します。基準時点の値を $x_0$ とするとき、第 $t$ 期の指数は $$I_t = \frac{x_t}{x_0} \times 100$$ $I_t = 120$ なら基準から20%増、$I_t = 95$ なら5%減、とすぐ読めます。
ある会社の売上(万円)を、2020年を基準に指数化してみましょう。
| 年 | 売上(万円) | 指数(2020=100) | 前年比成長率 |
|---|---|---|---|
| 2020 | 500 | 100 | — |
| 2021 | 600 | 120 | +20% |
| 2022 | 720 | 144 | +20% |
| 2023 | 864 | 172.8 | +20% |
毎年きっちり20%ずつ成長したケースです。指数が $100 \to 120 \to 144 \to 172.8$ と、足し算ではなく掛け算($\times 1.2$ ずつ)で増えている点に注目してください。これが成長の本質で、次の幾何平均につながります。
毎年20%成長の指数 ─ 一定割合で増えるとカーブが上向きに反る
物価指数とラスパイレス指数
ここまでは売上という1本の系列を指数化しました。ところが「物価」のように、パン・牛乳・卵などたくさんの品目をまとめて1つの指数にしたい場面があります。品目ごとに値上がり率がバラバラなので、何かの重みで束ねる必要があります。この重みの決め方でいちばん基本なのがラスパイレス指数(Laspeyres index)です。
考え方は「基準年と同じ買い物かごを、今年の値段で買ったらいくらになるか」です。買う数量は基準年のまま固定し、価格だけを今年のものに置き換えて、基準年の支出額と比べます。
分子は「今年の価格 × 基準年の数量」の合計、分母は「基準年の価格 × 基準年の数量」の合計です。数量 $q_0$ が分子と分母で同じ(基準年で固定)なのがラスパイレス指数の目印です。
3品目で計算してみます。基準年にパンを1個100円で10個、牛乳を1本200円で5本、卵を1パック250円で2パック買っていたとします。今年はパンが120円、牛乳が220円に値上がりし、卵は250円のままです。
| 品目 | 基準年の価格 $p_0$ | 基準年の数量 $q_0$ | 今年の価格 $p_t$ | $p_0 q_0$ | $p_t q_0$ |
|---|---|---|---|---|---|
| パン | 100 | 10 | 120 | 1000 | 1200 |
| 牛乳 | 200 | 5 | 220 | 1000 | 1100 |
| 卵 | 250 | 2 | 250 | 500 | 500 |
| 合計 | ― | ― | ― | 2500 | 2800 |
基準年の買い物かごは合計2500円。同じかごを今年の値段で買うと2800円です。よって $$P_L = \frac{2800}{2500} \times 100 = 112$$ 「基準年と同じ買い物をするのに、今年は12%多くお金がかかる」と読みます。パンは20%、牛乳は10%、卵は0%の値上がりですが、支出額の大きい品目ほど重く効いて、全体では12%になりました。
日本の消費者物価指数(CPI)も、この考え方(基準年の数量で固定する方式)で作られています。試験では「数量を基準年で固定」がラスパイレス、と覚えておけば式を思い出せます。
1つだけ弱点にふれておきます。実際の家計は、値上がりした品目を買い控えて別の品目に乗り換えます。ラスパイレス指数は数量を基準年のまま固定するので、この乗り換えを反映できず、物価の上昇をやや大きめに見積もる傾向があります。参考までに、数量を比較年のもので固定する方式はパーシェ指数と呼ばれ、こちらは逆にやや小さめに出ます。2級ではラスパイレス指数の式と読み方を押さえておけば十分です。
4. なぜ算術平均ではダメなのか
いよいよ本題です。複数年の成長率を1つにまとめた「平均成長率」を考えます。まず、普通の平均(算術平均)でやるとどうなるかを見てみましょう。
算術平均が破綻する例
ある投資の元本100万円が、1年目に2倍(+100%)、2年目に半分(−50%)になったとします。最終的にいくらでしょうか。$100 \times 2 \times 0.5 = 100$ 万円。元本のまま、増えても減ってもいません。つまり本当の平均成長率は0%のはずです。ところが成長率 $+100\%$ と $-50\%$ を算術平均すると $$\frac{1.00 + (-0.50)}{2} = 0.25 = +25\%$$ 「年平均+25%で成長」という、まったく事実と合わない答えが出てしまいます。
なぜズレるのか。成長は足し算ではなく掛け算で積み上がるからです。2年間の変化は「$\times 2$ してから $\times 0.5$」、つまり倍率の掛け算 $2 \times 0.5 = 1$ で決まります。足し算を前提にした算術平均は、この掛け算の構造を無視してしまうのです。
5. 幾何平均で平均成長率を出す
掛け算で積み上がるものの「平均」は、幾何平均で求めます。倍率 $1+r_1,\,1+r_2,\,\dots,\,1+r_n$ を掛け合わせて $n$ 乗根をとり、最後に1を引きます。
対象が掛け算で積み上がるなら、平均も掛け算で考える。これが幾何平均の考え方です。
なぜこれが正しいのか
幾何平均の気持ちは「毎年これと同じ倍率で増えたとしたら、ちょうど同じ最終値になる一定の倍率」を探すことです。一定倍率 $1+\bar{r}$ を $n$ 回掛けた結果が、実際の倍率の積に等しい、と要求します。式で追うと次のようになります。 $$ \begin{aligned} (1+\bar{r})^{n} &= (1+r_1)(1+r_2)\cdots(1+r_n) &&\text{(同じ倍率 } n \text{ 回 = 実際の積)}\\[2pt] &= \prod_{i=1}^{n}(1+r_i) &&\text{(右辺を積の記号で書く)}\\[2pt] 1+\bar{r} &= \left(\prod_{i=1}^{n}(1+r_i)\right)^{1/n} &&\text{(両辺を } 1/n \text{ 乗)}\\[2pt] \bar{r} &= \left(\prod_{i=1}^{n}(1+r_i)\right)^{1/n} - 1 &&\text{(1 を引いて成長率に戻す)} \end{aligned} $$ これが、複利で増えるものの「ならした平均成長率」です。算術平均が「足してならす」のに対し、幾何平均は「掛けてならす」。対象が掛け算で積み上がるなら、平均も掛け算で考えるのが筋なのです。
さきほどの例で確かめる
さきほどの「+100% → −50%」を幾何平均で計算し直してみましょう。倍率は $2$ と $0.5$、$n=2$ なので $$\bar{r} = (2 \times 0.5)^{1/2} - 1 = 1^{1/2} - 1 = 0 = 0\%$$ ちゃんと「平均成長率0%」が出ました。最終値が元本と同じだったことと、ぴったり一致します。
§2 の会社は、売上が3年で $500 \to 864$ 万円になりました。平均成長率は $$\bar{r} = \left(\frac{864}{500}\right)^{1/3} - 1 = (1.728)^{1/3} - 1 = 1.2 - 1 = 0.20 = 20\%$$ 毎年20%成長だったので当然ですが、途中の値を知らなくても、始点と終点と年数だけで平均成長率が出せるのが幾何平均の便利なところです。検算すると $500 \times 1.2^3 = 864$ で、確かに合っています。
「足して積み上がるなら算術平均、掛けて積み上がるなら幾何平均」。この一言で覚えておきましょう。成長率・収益率・倍率のように掛け算で積み上がる量の平均は幾何平均を使います。
算術平均は必ず幾何平均以上になり(相加・相乗平均の関係)、成長率に使うと過大評価します。「年平均リターン」をうたう広告には、この罠が潜んでいることがあります。
6. 結論と使いどころ
幾何平均は、対数を通すとさらにすっきり理解できます。$\prod(1+r_i)$ の対数は $\sum \log(1+r_i)$ なので、幾何平均の対数は対数成長率の算術平均に等しくなります。 $$\log(1+\bar{r}) = \frac{1}{n}\sum_{i=1}^{n}\log(1+r_i)$$ 「対数の世界では、幾何平均はただの算術平均」と言いかえられます。掛け算を足し算に変える対数の威力が、ここでも効いています。
実務では、株式の年平均リターン、GDPや人口の年平均成長率(CAGR:年平均成長率)、物価の平均上昇率など、「複数期間にわたる成長の平均」を出す場面のほぼすべてで幾何平均が使われます。試験でも「平均成長率を求めよ」と来たら、まず幾何平均を疑うのが安全です。
この章の理解度チェック
答えを開く前に、必ずノートに手で書いてください。書いてから答え合わせをすることで、試験本番でも同じ判断がすぐにできるようになります。
Q1前年の値 $x_{t-1}=200$、今年の値 $x_t=230$ のとき、成長率 $r_t$ を求めてください。
Q2ある投資が1年目+100%、2年目−50%だったとき、算術平均と幾何平均のそれぞれで平均成長率を求めてください。どちらが正しいでしょうか?
Q3なぜ成長率の平均には算術平均ではなく幾何平均を使うべきなのでしょうか?
Q4売上が5年間で300万円から600万円になりました。始点と終点だけを使って、年あたりの平均成長率を求めてください。
Q52020年の売上250万円を基準(=100)として指数化します。2023年の売上が280万円のとき、2023年の指数を求めてください。
Q647都道府県の年次人口推移データは、どのようなデータの形でしょうか?
Q7基準年にパンを1個100円で10個、牛乳を1本200円で5本買いました。今年はパンが120円、牛乳が220円です。ラスパイレス指数を求めてください。
次回 1-14 時系列データ② では、時系列の変動成分(トレンド・季節・不規則)を分け、移動平均で平滑化し、自己相関とコレログラムで周期性を測る方法を学びます。
幾何平均、しっかり追えたね! 「+100%と−50%の平均は0%」を自分の手で計算できたら合格。成長の話は一生ついて回るから、ここはぜひ体に染み込ませてね。次は移動平均だよ!
このページに出てきた重要キーワードです。ページを閉じる前に、声に出しながら紙に手で書いてみてください。手を動かすと、読むだけの何倍も速く記憶に定着します。
- クロスセクションデータ
- 時系列データ
- パネルデータ
- 成長率
- 前年比(倍率)
- 指数化
- ラスパイレス指数
- 幾何平均
- 過大評価