企業の利益と賃金、暮らし

Profits and Wages

2つの数字を並べる

ここで、2つの数字を並べてみます。ひとつは、企業が積み上げてきた内部留保(利益のうち、配当や税金として外部に出さずに企業内に蓄えてきた部分)です。2024年度は637兆円と、過去最高を更新しました(財務省「法人企業統計」)。もうひとつは、賃金と実質賃金で見た、2025年の実質賃金です。前年比でマイナス1.3%でした。

企業の利益は過去最高水準まで積み上がっているのに、働く人の実質的な手取りは目減りしている。この2つの数字を並べただけで、「利益は増えているのに、なぜ賃金には回らないのか」という素朴な疑問が浮かびます。

ただし、ここで注意したいことがあります。内部留保は、金庫に積み上がった現金そのものではありません。この点は、あとの「もっと深く」であらためて触れます。

なぜ利益が賃金に回りにくかったのか

企業の利益が、賃金という形で家計に十分に回ってこなかった理由については、いくつかの説明が並んで語られています。どれか1つが正しいというより、複数の事情が重なってきたと見るのが実情に近いでしょう。

よく挙げられるのが、将来の不安に備えるという説明です。景気の急な悪化や、大きな災害・危機に備えて、手元の資金を厚くしておきたいという企業行動です。次に、海外への投資です。国内の市場が人口減少で縮小していく中、成長が見込める海外の子会社や設備に利益を振り向けてきた、という流れもあります。また、株主への配分を重視する経営への変化も指摘されます。配当や自社株買いという形で、利益が株主に向かいやすくなった、という見方です。そして、長く続いたデフレ期の慣行も無視できません。物価も賃金も上がらないことが当たり前だった時代に、「賃金は上げないもの」という経営の習慣が根付いた、という説明です。

いずれも、企業が一方的に利益を「出し惜しんでいる」という単純な話ではなく、それぞれに合理的な理由を持った行動が積み重なった結果、という理解のほうが実情に近いといえます。

変化の芽

一方で、近年の数字を見ると、賃金へ向かう圧力が強まっている兆しも見えています。春闘の賃上げ率は、2024年・2025年・2026年と3年連続で5%を超える水準になりました(2026年は5.26%)。最低賃金も、2025年度に全国加重平均で66円という過去最大の引き上げ幅を記録しています。

これらは、企業が賃金を上げる方向に動き始めていることを示す事実です。ただし、この流れが今後も続くのか、それとも一時的なものにとどまるのかは、まだ断定できません。実質賃金がプラスの状態で定着するかどうかが、この変化が本物かどうかを見極める、ひとつの目安になります。

もっと深く ― 労働分配率という見方DEEP DIVE

ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋は追えます。

利益のうち、どれだけが人件費に回っているか

企業が生み出した利益のうち、どれだけの割合が人件費として働く人に回っているかを示す考え方を、労働分配率(企業が生み出した付加価値のうち、人件費が占める割合)と呼びます。「利益と賃金の関係」を1つの比率で捉えようとする見方です。

この講座では数値を使わない

労働分配率は、業種や景気の局面によって動きやすい指標で、見る調査によって計算方法や水準の見え方も変わります。この講座では裏取りできた確定的な数値を用意していないため、あえて数字は示さず、考え方だけを紹介するにとどめます。ニュースで労働分配率という言葉を見かけたときは、「利益のうちどれだけが人件費に回っているかを見る指標」という理解があれば、内容を追いやすくなります。

考えてみるTHINK
Q1

企業の「将来の不安への備え」と「今の賃上げ」、経営者の立場ならどうバランスを取るでしょうか?

ヒント: 「なぜ利益が賃金に回りにくかったのか」で見た複数の理由を、経営者の目線で1つずつ検討してみましょう。

Q2

賃上げを促す方法として、世の中ではどんな案が議論されているでしょうか。調べてみましょう。

ヒント: 税制・最低賃金・取引慣行など、企業を取り巻くどの仕組みが賃上げと関わっているか、ニュースを手がかりに探してみましょう。

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