インフレで得する人、困る人
Winners and Losers物価が上がったり下がったりする理由や、円安や賃金との関係を見てきました。最後に整理しておきたいのは、物価が上がったとき、その影響は全員に同じようにかかるわけではない、ということです。同じ「インフレ」というニュースを聞いても、得をする人と、困る人がいます。
借りている人は、実は軽くなる
物価が上がるということは、同じ金額のお金で買えるものが減る、つまりお金の価値そのものが下がるということです。この見方をお金の貸し借りに当てはめると、少し意外な現象が起きます。
資産と負債で見た、3,000万円の家に2,500万円の住宅ローンを組んだ架空の家計を思い出してください。このローンは、契約したときの金額で固定されています。物価が上がっても、返すべき金額が2,500万円から自動的に増えることはありません。
一方で、物価が上がる局面では、給料などの名目の収入も、多かれ少なかれ上がっていく傾向があります。返す金額は変わらないのに、それを稼ぎ出す側の収入は増えていくとすれば、同じ2,500万円という負債が家計に占める重みは、年月とともに実質的に軽くなっていきます。物価が上がる局面では、お金を借りている人ほど有利に働きやすいという理屈です。
現金・預金は目減りする
借りている人と正反対の立場にいるのが、現金や預金を持っている人です。日本人の金融資産2,000兆円超とは何かで見たとおり、家計の金融資産2,385.7兆円のうち、現金・預金が占める割合はおよそ47%にのぼります。
預金の金利がほとんどつかない状態で物価が上がると、口座の残高という数字自体は変わらなくても、その数字で買える量は減っていきます。たとえば、2025年の消費者物価指数(総合)は前年比で約3.2%上がりました。仮に手元の預金100万円がまったく増えなかったとすると、1年前と同じ100万円でも、買える物やサービスの量はおよそ3%分少なくなっている計算になります。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 家計金融資産残高 | 2,385.7兆円(2026年3月末) |
| うち現金・預金の比率 | 約47% |
| 消費者物価指数(総合)上昇率 | +3.2%(2025年平均) |
出典: 日本銀行「資金循環統計」速報(2026年3月末)、総務省「消費者物価指数」(2025年平均)
現金や預金は、流動性(すぐに使える度合い)が高く、値動きもない安心な資産です。ただし、物価が上がり続ける局面では、その「安心」と引き換えに、実質的な価値がじわじわ目減りしていくという性質を持っています。
収入が物価に連動しにくい人が困る
物価が上がっても、収入の側がそれに追いついていく人ばかりではありません。2026年の春闘では賃上げ率が5.26%と、5%を超える水準が3年連続で続きました。それでも、2025年の実質賃金は前年比でマイナス1.3%だったと発表されています。賃上げが実現した人の中にも、物価の伸びに追いつけなかった人がいた、ということです。
さらに、収入がそもそも物価と連動しにくい立場の人もいます。年金で暮らす人や、賃上げの交渉力が弱い職場で働く人です。企業の業績や春闘の結果を受けて賃金が動く人がいる一方で、そうした波が届きにくい収入もあります。物価上昇の負担は、家計によって重さが違う、という点がここでも表れています。
日本最大の「借りている人」は誰か
ここまで、借りている人と、現金・預金を持つ人という2つの立場を見てきました。この見方をもう一段大きくすると、ひとつの問いにたどり着きます。日本でいちばん多くのお金を借りている「借り手」は誰でしょうか。
答えは、国債(国が発行する借用証書のようなもの)を発行している政府です。普通国債の残高はおよそ1,100兆円(財務省、2024年度末)にのぼります。これが日本経済における損得にどうつながるのかは、国の財政を扱う章で、あらためて数字とともに考えていきます。
ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋は追えます。
増税していないのに、負担が生まれる
物価が上がって現金・預金の実質的な価値が目減りする現象を、経済学ではインフレ税(インフレーションによって、現金や預金の実質価値が目減りする現象を、税金にたとえた考え方)と呼ぶことがあります。
税務署が何かを徴収するわけではありません。しかし、現金や預金という形でお金を持っている人から見れば、政府が新たに税金を課したときと同じように、手元の資産の実質的な価値が減るという結果だけが残ります。「誰かが得をすると、その裏で誰かが同じだけ負担している」という、このページで見てきた構図を、税金という言葉で言い直したものと捉えると分かりやすいかもしれません。
物価上昇率+3%が10年続いたとすると、タンス預金100万円で「買える量」はどうなっているでしょうか?
ヒント: 1年で3%ずつ目減りする状態が、10年積み重なるとどうなるかを考えてみましょう。