経常収支 ― 日本の稼ぎ方の正体

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貿易は赤字なのに、経常収支は黒字

経済ニュースを見ていると、不思議な組み合わせに出会うことがあります。「貿易赤字が続いている」という見出しと、「経常収支は過去最高の黒字」という見出しが、同じ時期に並んでいるのです。赤字なのか黒字なのか、混乱してしまう人も多いのではないでしょうか。この謎を、数字を追いながら解いていきましょう。

まず、貿易のほうから確認します。貿易収支(輸出額から輸入額を引いた差額)は、2025年度、約1.4兆円の赤字となる見通しです(日本貿易会、2025年12月時点の見通し)。これで5年連続の赤字です。家計・企業・政府・銀行の役割で少し触れたとおり、日本はエネルギーや食料の多くを輸入に頼っているため、輸入額が輸出額を上回りやすい構造があります。

ところが、貿易よりも広い範囲でお金の出入りを見る経常収支(貿易・サービス・投資収益などを含めた、海外との総合的なお金のやり取りの収支)で見ると、話はまったく違ってきます。2025年度の経常収支は、約32.1兆円の黒字となる見通しです(日本貿易会ほか、2025年12月時点の見通し)。これは史上最高水準の黒字です。

項目出典・時点
貿易収支約1.4兆円の赤字(5年連続)日本貿易会、2025年12月時点の見通し
経常収支約32.1兆円の黒字(史上最高水準)日本貿易会ほか、2025年12月時点の見通し

これは、1つの家計にたとえると分かりやすいかもしれません。給料という「本業の稼ぎ」だけを見れば、支出のほうが多くて赤字。それでも、株や貯金から入ってくる利息・配当という「本業以外の稼ぎ」を合わせると、家計全体としては黒字になっている。日本という国全体で、いま起きているのは、これに近い構図です。

物を売り買いする貿易だけを見れば赤字。けれど、もっと広い範囲でお金の出入りを見ると、大幅な黒字。この差額はどこから生まれているのでしょうか。次の節で、その正体を確認します。

答えは「海外からの利子と配当」

貿易収支のマイナス1.4兆円を埋め合わせ、さらに32.1兆円という大幅な黒字に押し上げるには、貿易以外の項目で、およそ33.5兆円もの黒字が必要という計算になります(32.1兆円と1.4兆円を足し合わせた、おおまかな計算です)。これほど大きな黒字を生み出している正体は何でしょうか。

答えは、第一次所得収支(海外に持つ株式・債券・工場などへの投資が生む、利子や配当などの収益を集計した収支)です。日本の企業や投資家は、これまで長い年月をかけて、海外の工場・子会社・株式・国債などに投資を積み重ねてきました。その投資が生み出す利子や配当が、毎年、海外から日本へ流れ込んでいます。

第一次所得収支は、大きく2つに分けられます。海外に工場や子会社を持つことで得る収益と、海外の株式や国債を保有することで得る利子・配当です。前者は企業が現地で事業を営んだ結果の利益、後者は投資家が資金を投じた結果の利子や配当という違いはありますが、どちらも「過去の投資が生み続けている収益」という点では同じです。

たとえば、日本の自動車メーカーが海外に工場を持ち、その工場が現地で利益を上げれば、その利益の一部は配当として日本の本社に送られてきます。あるいは、日本の投資家が海外の国債を保有していれば、その利子が定期的に振り込まれます。こうした「海外で働くお金」が生む収益の合計が、貿易の赤字を大きく上回る規模になっているのです。

イメージとしては、賃貸アパートを持つ大家さんに近いかもしれません。大家さんは、毎月あらためて働かなくても、すでに建てたアパートから家賃収入を得られます。日本という国も、すでに海外に築いた工場や株式という「アパート」から、毎年、利子や配当という「家賃」を受け取り続けているのです。

こうして海外に積み上げられてきた投資の蓄積は、財務省の統計では対外純資産と呼ばれ、2025年末時点で561兆7,504億円にのぼります(財務省、2025年末)。この巨大な蓄積こそが、毎年の利子・配当という形で経常収支を押し上げる源泉になっています。

「貿易で稼ぐ国」から「投資で稼ぐ国」へ

かつて日本は「貿易立国」と呼ばれ、自動車や電化製品を輸出して稼ぐ国というイメージが強くありました。海外の国々と貿易をめぐる摩擦が話題になった時代もあったほど、輸出で稼ぐ国というイメージは強いものでした。しかし、ここまで見てきた数字が示すのは、その姿がすでに変わっているという事実です。今の日本は、貿易そのものよりも、過去に積み上げた海外資産が生む利子や配当で稼ぐ国になっています。

資産と負債で見たとおり、資産とは「自分が持っている、価値のあるもの」でした。海外の工場や株式も、日本にとっては立派な資産です。その資産が毎年、利子や配当という形で収益を生み続けている。これが、貿易黒字ではなく投資収益によって黒字を支えるという、成熟した債権国(貿易よりも、海外に持つ資産からの収益で稼ぐようになった国という意味合いで使われる言葉)の姿です。

この構造変化には、背景があります。生産拠点の海外移転が進み、国内工場で作って輸出するのではなく、現地に工場を建てて現地で作り、現地で売るという形が増えました。加えて、エネルギーや食料の輸入額が増え続けていることも、貿易収支を赤字方向に押しています。輸出で稼ぐ場面が減った一方で、過去の投資が生む収益は積み上がり続けている。この2つの動きが同時に進んだ結果が、「貿易は赤字、経常収支は黒字」という、冒頭の謎の答えです。

ここで注意したいのは、この黒字が、国内で新しく物を作って売った結果ではないという点です。海外で生まれた収益であるため、貿易黒字がそのまま国内の工場や雇用を潤していた時代とは、恩恵の届き方が違います。この点は、経常収支の中身をもう少し細かく見ると、より具体的にイメージできます。

だからこそ、貿易赤字のニュースだけを見て「日本は稼げなくなった」と結論づけるのは早計です。稼ぎ方そのものが、輸出から投資収益へと形を変えている。この視点を持っておくと、貿易統計と経常収支統計、それぞれの数字を、より正確に読み分けられるようになります。

もっと深く ― 経常収支の中身DEEP DIVE

ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋は追えます。

経常収支は、4つの箱でできている

経常収支は、実は1つの数字ではなく、性格の違う4つの箱の合計です。貿易収支(物の輸出入の差額)、サービス収支(旅行・輸送・特許使用料など、形のないやり取りの差額)、第一次所得収支(海外投資が生む利子・配当の収支)、第二次所得収支(国際機関への拠出金や、海外への送金など、対価を伴わないお金のやり取りの収支)です。この4つを足し合わせたものが、経常収支の合計になります。

訪日観光客の買い物は「輸出」の一種

意外に思われるかもしれませんが、訪日外国人客がホテルに泊まり、飲食店で食事をし、お土産を買う消費は、サービス収支の中で輸出として扱われます。外国人が日本国内で使ったお金は、海外から日本にお金が入ってくる取引だからです。近年のインバウンド消費の増加は、貿易とは別の窓口から、日本の経常収支を支える力になっています。

経常収支は「フロー」、対外純資産は「ストック」

資産と負債では、年収のような1年間の流れをフロー、ある時点の持ち高をストックと呼ぶことを確認しました。経常収支は、1年間に海外とやり取りしたお金の流れ、つまりフローです。これに対して、対外純資産は、これまでのフローが積み重なった、ある時点でのストックにあたります。毎年の経常収支の黒字は、少しずつ対外純資産というストックを積み増していく関係にあります。

考えてみるTHINK
Q1

「投資で稼ぐ国」としての稼ぎは、具体的に誰の懐に入っているのでしょうか?

ヒント: 海外に工場や株式を持っているのは、政府・企業・家計のうち誰でしょうか。

Q2

訪日観光客の買い物は、輸出と輸入のどちらに近いでしょうか?

ヒント: 「もっと深く」で見た、サービス収支の中身を思い出してみましょう。

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