講師業としての迷い

新型コロナウイルスの蔓延は、講師人生において重大な出来事でした。

有名人が次々と亡くなり、なかでも志村けんさんと岡江久美子さんの訃報は、不安を強く加速させた記憶があります。当時の新型コロナウイルスの毒性は、それだけ強いものだったはずです。

緊急事態宣言が発令され、春の新人研修はすべて中止。何もできなくなった期間でした。ただ、「正当な理由で休業できた」という意味では、救われた面もあったのかもしれません。

もちろん、ウイルスが現在進行形で拡大している最中では、休日らしさなど微塵も感じられませんでしたが…。

そこからオンライン講座が急速に発展していきました。講師業界の経緯を少し追いましょう。

2020年の秋にはオンライン講座の基礎が固まり、わずか2年ほどで「当たり前」になりました。2023年頃に対面式が再開されても、一度オンラインの利便性に気づいた社会は元には戻らず、講座の主流はオンラインと動画教材に定着したまま今日に至ります。この流れをよかったと捉える講師もいれば、「やっぱり対面式が」と嘆く講師もいたはずです。

私は後者でした。

オンラインでは雑談ができず、受講生の手元も見えません。カメラをオンにしてもオフにしても意思疎通は難しく、できたとしても1対1が限界になります。

100人の顔が画面に映ったところで、100人を管理することはできません。同じ場所を共有していないと、私にはその人のことがまったくわかりません。認識できない、という言葉が妥当かもしれませんね。だから講座が終わると、顔も名前も思い出せず、街中ですれ違っても気づくことはないでしょう。

こうした経験から、講師業への違和感が募っていきました。

経営者目線で見れば、オンライン講座や動画教材のほうが運営は楽で低コストであり、収益率もよいです。しかし講師目線で見ると、それは独り言をつぶやいているだけの行為に等しいものでした。

もちろん自分自身も、プロの講師である以上、オンラインのほうが進行は楽でした。それでも、講座後のビールがまったく美味しくありません。理由ははっきりしています。

乾杯の相手も、その日の講座を振り返る手応えも、そこにはないからです。自慢の料理を作っても、おいしかったと反応がなく食器すらも返ってこない状態を想像してみてください。

手元に残るものは、無記名のアンケートのみ。さすがに堪えるんですね。

この「ビールが美味しくない」という感覚を、感覚のままにせず整理するために、私は仕事の満足度を「好きであること・体が仕事を覚えた状態であること・世間の需要」という3つの要素で考えるようにしています。

仕事で幸せになれるのは、この3つが均衡を保っているときだ、というのが持論です。

オンライン化によって失われたのは、まさにこの「好きであること」の部分でした。同じ空間を共有する手応えや、受講生の反応を肌で感じる楽しさがそぎ落とされ、「体が仕事を覚えた状態であること」と「世間の需要」が残った状態です。バランスが崩れていきました。

それでも、その2つさえあれば、仕事自体は続けられていました。

ところが、ChatGPTの登場を境に生成AIへの関心が急速に高まり、今度は「世間の需要」までもが失われ始めました。生成AIを駆使した動画教材が量産されていきます。

動画で学べば十分、オンライン講座より安価で、いつでも復習でき、自分のペースで進められる。そうした受講生側の合理的な判断が広がった結果でしょう。

加えて、わからないことは生成AIに聞けばいい…。

この変化は、講師業を「研修講師」と「セミナー講師」という2つのタイプに分けて考えると、影響の受け方が違って見えてきます。

セミナー講師は、著名な講師から直接教わるという体験そのものに価値を置く受講生が多く、対面の価値は残りやすい立場です。一方、研修講師が教える内容の多くは、すでに教科書として体系化されたスキルです。

体系化された知識である以上、受講生が求めるのは体験そのものよりも、スキルを最短でインストールすることだと私は考えています。

だからこそ、研修講師という仕事には効率化の力学がより強く働きやすい。対面式講座は今後、高単価で非効率なものと見なされていく可能性が高く、「研修は対面式である必要はないのではないか」という現実に行き着きます。

私自身は研修講師としての比重が大きいため、この力学の影響を正面から受けます。

そう考えたとき、これまでのやり方のままでは、研修講師という仕事は詰みかけているのではないかと思うようになりました。同時に、オンライン講座や動画教材の作成も、もはや自分がやるべき仕事ではないと感じるようになりました。

そこはAIの先生に任せれば十分だからです。ただし、教材の提供をAIに任せることと、講師の役割をAIに明け渡すことは、まったく別の話です。教材はAIが作れても、「どうすれば人が最短でスキルを身につけられるか」という設計は、教える現場を知る人間にしか磨けません。

講師業としてここまで積み上げてきた人生を、いったんは悲観的に捉えかけました。しかしこれをポジティブに転換するとしたら、道は一つしかありません。

今までの指導方法に固執せず、AIを使ってもっと早くスキルをインストールできる方法を自ら開発し、講師自身がそのインストール方法を誰よりも深く理解すること。

それができれば、講師自身の学習速度も上がり、視野は広がり、教えられる範囲も拡大します。

ただ…〇〇をしたことで、この悩みを打破できましたと、この続きを書きたい。実際、この1年ほどで生成AIの進化は、私自身の学習や教材作成の速度を目に見えて変えました。

しかし、人間の私自身が追い付いていない。そろそろ2026年も8月に突入します。「講師業としての迷い」というタイトルで書き始めましたが、いまだに迷いはそのままですね。

生成AIとの会話のキャッチボールを続けていく中で、ひとつでも新しい発見があればと藁をも掴む思いです。

脳内にアイデアが舞い降りてきた感覚は、何度もあります。それを足掻きながら待つしかないですね。あいつは、悩みに悩んで苦しまないと出てこないんですよね。

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