第9章 9-2 / ビジネス力と価値創造

社会の変化を洞察し課題を再定義する

このページで学ぶこと

9-1では、価値創造の土台となる個人の姿勢を扱いました。9-2では視点を外に広げ、社会や技術の変化をどう読み解き、そこから本当の課題をどう見つけ出すかを扱います。DS検定のスキルチェックリストでは、この領域に6つの項目が並びます。トレンドの因果理解・複数要因の連関把握・変化のストーリー化・未充足ニーズの発見・課題構造の再構成・新しい問いの提示です。

いずれも★1(見習い)レベルでは、壮大な未来予測ではなく、「目の前の変化を整理し、説明できる」という基本的な行動から始まります。DXプロジェクトの現場でどう活きるのか、具体例とともに見ていきましょう。

1. なぜ「変化を読み解く力」が価値創造に必要なのか

新しい価値は、何もないところから生まれるわけではありません。多くの場合、社会や技術が変化する中で、これまで見えていなかった課題やニーズが浮かび上がってくることから生まれます。スマートフォンの普及がなければキャッシュレス決済のニーズは顕在化しませんでしたし、生成AIの進化がなければ「AIと人の役割分担」という課題そのものが存在しませんでした。

つまり、価値創造の出発点には、変化を正しく捉える力が必要です。DXプロジェクトにおいても、「この技術は流行っているから導入しよう」という表面的な理解ではなく、「なぜ今この変化が起きているのか」「その変化はどんな課題を生み、あるいは解消するのか」を捉えられるかどうかで、プロジェクトの質は大きく変わります。9-2では、この「変化を読み解き、課題を再定義する」ための6つの力を順番に見ていきます。

さえちゃん
さえ

「流行ってるから」で終わらせずに、「なぜ流行ってるのか」まで考える。これが9-2全体を貫くテーマなんだよね。ここを押さえると、DXプロジェクトの企画書もぐっと説得力が増すよ!

2. トレンドを「流行」ではなく「構造」として読み解く

1つ目の力は、構造としてのトレンド理解※1、つまり世界や社会の変化を流行ではなく構造として読み解き、技術革新がもたらす転換点を先読みする力です。ニュースで話題になっている技術やサービスを、単なる一過性の流行として消費するのではなく、その裏にある構造的な変化として捉える視点が求められます。

★1レベルで求められるのは、主要な技術・社会トレンドを理解し、基本的な因果関係を説明できることです。たとえば「なぜ今、多くの企業が生成AIの導入を進めているのか」を、「話題だから」ではなく「人手不足」「クラウド計算資源のコスト低下」「大規模言語モデルの精度向上」といった要因から説明できるかどうかです。

EXAMPLE
  • DXプロジェクトの企画書で「競合他社もAI導入をしているから」ではなく、「労働人口減少とAIコストの低下という2つの構造変化が背景にある」と説明する
  • サブスクリプション型サービスの拡大を、単なる流行としてではなく「所有から利用へ」という消費行動の構造変化として捉える
  • 社内勉強会で、話題のツールを紹介する際に「なぜ今このツールが伸びているのか」の背景を一言添える
POINT

「流行っているから」は説明であって理由ではありません。「なぜ流行っているのか」の一段深い因果関係まで言語化できると、DXプロジェクトの提案資料は一段階説得力が増します。

構造としてトレンドを読み解く訓練は、日々のニュースの受け取り方を少し変えるだけで始められます。「〇〇が話題」という見出しを見たときに、「それはなぜ今なのか」「その裏に何の技術やコストの変化があるのか」を一呼吸置いて考える。この積み重ねが、転換点を先読みする力の土台になります。

3. 複数要因の連関を捉え、因果構造を見抜く

2つ目は、因果構造※2の把握、つまり技術・文化・環境・制度など複数要因の連関を捉え、変化の背後にある因果構造を見抜く力です。前項が単一のトレンドの因果理解だったのに対し、こちらは複数の要因が絡み合う、より広い視野での構造理解にあたります。

★1レベルでは、いきなり社会全体のモデルを構築する必要はありません。単一領域での因果関係の仮説を整理し、説明できることがまず求められます。たとえば、データ分析プロジェクトでECサイトの離脱率が上がった原因を調べるとき、「価格」だけでなく「配送日数」「サイトの表示速度」「競合の動向」といった複数の要因を並べ、それぞれの関係を仮説として整理できるかどうかです。

EXAMPLE
  • 顧客離脱の原因分析で、「価格改定」だけでなく「同時期の競合の新サービス開始」「口コミサイトでの評価変化」も要因候補として書き出す
  • DXプロジェクトの企画で、新しい業務システムの導入効果を「業務時間」の観点だけでなく「従業員のモチベーション」「顧客対応品質」など複数の側面から仮説立てする
  • ある部署の因果関係の仮説(例:研修時間と離職率の関係)を整理し、資料にまとめて共有する
さえちゃん
さえ

原因を1つに決めつけちゃうと、対策も1つしか出てこないんだよね。まずは「関係ありそうな要因」を広めに並べてみる。そこから整理していくのが第一歩だよ。

4. 変化を「継続と断絶のストーリー」として語る

3つ目は、継続と断絶のストーリー※3として変化を語る力、つまり技術・社会・文化の変化を、継続と断絶のストーリーとして再構成し、組織が自身の未来像を理解できる共通言語に変換する力です。バラバラに見える出来事を、「これまで何が続いてきたのか」「どこで途切れ、何が新しく始まったのか」という一本の物語として語り直す力です。

★1レベルで求められるのは、変化の出来事を整理し、概要を説明できることです。難しいストーリーテリングの技術は必要ありません。まずは、起きた出来事を時系列で整理し、「何が起きたか」を簡潔にまとめて人に伝えられることが出発点です。

EXAMPLE
  • 社内向けの資料で、「これまでの紙帳票による業務→一部システム化→今回の全面DX」という時系列の流れを整理して見せる
  • 新しいAIサービスの登場について、「これまでのルールベースの自動化」と「今回の生成AI」の違いを簡潔に説明する
  • 市場調査の結果を、単なる数値の羅列ではなく「○○年ごろから△△という変化が起きている」という概要としてまとめる
POINT

“なぜそれが今起きているか”を語ることが、洞察を組織の共有知にする第一歩です。まずは出来事を時系列で整理するところから始めましょう。

5. 表層的な課題の裏にある「未充足ニーズ」を見立てる

4つ目は、未充足ニーズ※4を洞察する力、つまり表層的な課題の背後にある未充足ニーズを洞察し、価値創造の焦点を見立てる力です。現場で「困っている」と言われることの多くは、実はもっと深い場所にある本質的な課題の一部分にすぎません。表面の訴えをそのまま鵜呑みにせず、その裏にある本当のニーズを見立てる視点が求められます。

★1レベルでは、顕在化した課題を整理し、既存の枠組みで説明できることがスタートです。たとえば、「営業担当からの報告書作成に時間がかかる」という表面的な相談があったとき、まずはその課題を「どの作業に」「どれくらいの時間がかかっているか」ときちんと整理し、既存の業務フローの枠組みの中で説明できることが第一歩です。

EXAMPLE
  • 「レポート作成が大変」という相談を、「データ収集」「集計」「体裁調整」のどの工程に時間がかかっているのか整理する
  • 「アプリの使い勝手が悪いと言われる」という声を、既存のユーザー行動データの枠組みで「どの画面での離脱が多いか」に落とし込む
  • DXプロジェクトの要望ヒアリングで、「もっと便利にしてほしい」という声を、具体的な業務プロセスの課題として書き出す
  • 学園祭実行委員会で「集客が伸び悩んでいる」という声が出たとき、「宣伝の見せ方」「開催日程」「出し物の内容」のどこに原因がありそうかを切り分けて整理する
さえちゃん
さえ

「大変です」「困ってます」って言葉、そのままだと分析のしようがないんだよね。まずは「何が」「どれくらい」大変なのかを整理してあげる。それだけでも次のステップにぐっと近づくよ。

6. 課題構造を可視化し、枠組みそのものを転換する

5つ目は、課題構造※5の可視化と再構成、つまり既存の課題構造や慣習的前提を可視化し、それを再構成することで新しい問題解決の道筋をつくる力です。「今までこうやってきたから」という前提そのものを疑い、課題の捉え方自体を変えることで、新しい解決策が見えてくることがあります。

★1レベルで求められるのは、まず現状の課題構造を整理し、説明できることです。いきなり前提を覆す必要はなく、その前段階として「今どういう構造で課題が成り立っているのか」を図や文章で可視化できることが土台になります。

ステップ 内容 DXプロジェクトの例
1. 現状の可視化 今の課題構造・業務フローを整理する 紙の申請書→上長承認→システム入力という現行フローを図に書き出す
2. 前提の言語化 「当たり前」とされている前提を書き出す 「申請は紙でなければならない」という前提が本当に必要かを問い直す
3. 再構成 前提を外した場合の新しい道筋を考える 申請そのものをなくし、システムが自動判定する仕組みを検討する
EXAMPLE
  • 「承認は上長がハンコを押すもの」という前提を疑い、承認フローの構造を図に整理して見直す
  • 「月次レポートは月末に手作業で作るもの」という慣習を可視化し、自動集計の仕組みに置き換える道筋を検討する
  • DXプロジェクトのキックオフで、現行業務のフローチャートをまず全員で書き出してから課題を議論する

7. 異なる領域を組み合わせ、新しい問いを提示する

6つ目は、新しい問いの提示※6、つまり従来の問題設定を超え、異なる領域や視座を組み合わせて新しい問いを提示する力です。1つの業界・部署の中だけで考えていると、既存の発想の枠を出にくくなります。他の分野の視点を持ち込むことで、これまでとは違う問いが生まれます。

★1レベルでは、他分野や他視点を取り入れて新しい切り口を提示できることが目標です。たとえば、小売業のデータ分析プロジェクトで、製造業の在庫管理の考え方を応用してみる、あるいは自部署の課題を、まったく別の部署の担当者の視点で見直してみるといった行動です。

EXAMPLE
  • 飲食店の混雑予測に、交通量予測で使われる考え方(時間帯・天候による変動モデル)を応用してみる
  • コールセンターの応対品質改善に、製造業の「品質管理」の考え方を取り入れて提案する
  • マーケティング部門の課題を、エンジニア視点や顧客サポート視点から見直して新しい切り口を提示する
POINT

新しい問いは、まったくのゼロから生まれることは稀です。多くの場合、「別の領域ではどう解決しているか」を借りてくることから始まります。異業種の事例に日頃からアンテナを張っておくことが、この力の土台になります。

さえちゃん
さえ

自分の業界の中だけで考えてると、どうしても発想が似てきちゃうんだよね。全然違う業界の話を聞いたときに「これ、うちにも使えないかな」って考える癖、つけておくといいよ。

まとめ

9-2では、「社会の変化を洞察し課題を再定義する」ための6つの力を見てきました。いずれも★1(見習い)レベルでは、壮大な予測や理論構築ではなく、「変化や課題を整理し、説明できる」という地に足のついた行動から始まります。

6つの力は、大きく2つの流れに分けて捉えると理解しやすくなります。前半の3つ(トレンドの構造理解・複数要因の連関把握・変化のストーリー化)は、「外の世界で何が起きているかを読み解く」力です。後半の3つ(未充足ニーズの発見・課題構造の再構成・新しい問いの提示)は、「読み解いた変化を、自分たちの課題として再定義する」力にあたります。DXプロジェクトの企画段階では、この2つの流れを順番にたどることで、説得力のある課題設定にたどり着けます。最後に1行ずつ振り返っておきましょう。

  1. トレンドの構造理解 ― 主要な技術・社会トレンドを理解し、基本的な因果関係を説明できる
  2. 複数要因の連関把握 ― 単一領域での因果関係の仮説を整理し、説明できる
  3. 変化のストーリー化 ― 変化の出来事を整理し、概要を説明できる
  4. 未充足ニーズの発見 ― 顕在化した課題を整理し、既存の枠組みで説明できる
  5. 課題構造の再構成 ― 現状の課題構造を整理し、説明できる
  6. 新しい問いの提示 ― 他分野や他視点を取り入れて新しい切り口を提示できる

次のレッスンでは、こうして見えてきた課題や変化を、実際に「意味」や「社会インパクト」としてどう設計していくかを扱います。洞察を、具体的な価値の設計につなげていく段階に進みましょう。

脚注 ─ 用語解説
  1. 構造としてのトレンド理解 … 話題の技術やサービスを一過性の流行として消費するのではなく、その背景にある社会・技術の構造的な変化として捉える見方のこと。
  2. 因果構造 … ある事象がなぜ起きているのかを説明する「原因と結果のつながり」のこと。単一の原因だけでなく、複数の要因が絡み合って結果を生んでいる場合、その関係全体を指す。
  3. 継続と断絶のストーリー … 変化を「これまで続いてきたこと」と「新たに始まったこと」の組み合わせとして語り直し、未来像を共有できる言葉に変換する手法のこと。
  4. 未充足ニーズ … 顧客や社会がまだ言葉にできていない、あるいは満たされていない潜在的な欲求のこと。表面的な不満の裏にあることが多い。
  5. 課題構造 … ある課題が、どのような要素や前提の組み合わせによって成り立っているかを表す枠組みのこと。可視化することで、前提そのものの見直しがしやすくなる。
  6. 新しい問いの提示 … 既存の問題設定の枠組みを超え、異なる分野や視点を組み合わせることで、これまでにない切り口の問いを生み出すこと。