信州のマスコットキャラクター、あるくま。背中に背負ったリュックサックには、夢と希望が入っています。
体からのサイン ― 立ち止まる勇気
2026年の今年は、講師業の仕事をだいぶ控えることにしました。新人研修の単発講座はお受けしていますが、長期的な講座についてはすべて辞退しています。
きっかけは、今年1月18日の日曜日。突然、左耳の調子がおかしくなったことでした。回転するめまいはないのでメニエール病ではなく、突発性難聴だと思います。今も天候に左右されて、調子のいいときと悪いときがあります。2025年は働きすぎた自覚もあって、ストレスが原因の一つかもしれません。もちろん、別の要因もあるかもしれませんが…。
この出来事をきっかけに、「今年は仕事を控えよう」と決めました。
不安と引き換えに手に入れた「自分の時間」
ずっと忙しかった人間にとって、仕事がない状態というのは、正直なところ不安がつきまといます。それでも今は、これまで蓄えてきた知識をブログにアウトプットしたり、ウェブサイトを整えたり、身の回りのことに時間を使っています。料理をしたり、行きたかった場所に足を運んでみたり。出張族なのでいろいろと飛び回っていますが、パソコンを持たずに出かけるのはすこぶる快適なものです。
収入面の不安がゼロとは言いませんが、毎日ストレスフリーな生活を送れています。
「去年の過ち」を繰り返さない判断
今年の年明け早々、Javaの研修を受注しようかと迷った時期がありました。けれども、「これは去年と同じ過ちを繰り返すかもしれない」という直感が働いたんです。
正直に言えば、収益もそれほど見合わない。やることはやたらに多い。しかも、指示されて動くポジションに置かれてしまう。大手企業の研修というものに対して、自分の中で疑問が膨らんできていたタイミングでもありました。
「やらされる研修」への違和感
本来、研修というのは受講生が自分のスキルアップのために能動的に参加するものです。ところが大手企業の研修では、どうしても「やらされている感」が拭えなくなりました。
スキルのある受講生と、まったくない受講生。この格差が年々激しくなっています。しかも限られた時間の中で、いつもカツカツのスケジュールで無理難題な詰め込み研修を進めなければならない。
最近は生成AIの普及もあって(もちろん、生成AIを業務利用できない企業様もいらっしゃいますが)、スキル格差はさらに広がる傾向にあります。講師としては、本当に教えづらさを感じる場面が増えました。
オンラインで真っ暗な画面に向かってラジオのように話すスタイルなら、ストレスは少なかったかもしれません。でも「全員にこのスキルを身につけてほしい」と真面目に向き合ってしまう自分がいて、それが結果的に自分自身のストレスになっていたのだと思います。
新人研修というカリキュラム自体は昔からあるものですが、特にこの2、3年でやりづらさが急激に増してきたというのが、私の率直な実感でした。
「儲けるための研修」か「育てるための研修」か
会社によっては、補助金を使って研修を実施するケースもあります。そうなると、「これは儲けるための研修なのか、それとも本当に人を育てるための研修なのか」――その境目が、私自身にも見えにくくなってきてしまったのです。
だから今、改めて立ち止まろう。
- 教えるとは何か?
- 講師とは何か?
そこに初心に帰って、しっかり考える1年にする。それが2026年の私のテーマとなりました。
生成AI時代に、講師料は必要か?
生成AIの精度がここまで伸びた今、「講師料って本当に必要なのか?」という問いは、当然頭をよぎります。予測はしていましたが、改めて考えさせられました。
けれども、不思議と焦りはありません。
10年前に「脱Excel」という言葉が流行ったことを覚えていますか? それでも今、Excelはまだ現役で使われています。社会をより良くするため、ビジネスを加速するために、人間が「考えること」をやめない限り、講師という存在は必ず必要とされる。
そう、根拠なき自信のようなものが、私の中にはあります。
同じ人間として、同じ時間に、同じ空間で、同じ教室で学ぶ。この学習体験そのものは、これから先100年経っても変わらないのではないでしょうか。学ぶのは人間である以上、そこで交わされる情報量や空気感は、生成AIには代えがたいものがあると感じています。
AIと共に、講師はもっと「濃密」になれる
もちろん、生成AIを否定しているわけではありません。むしろ、AIを使いこなすことで、同じ空間で教える時間や体験は、これまで以上に濃密なものにできるはずです。もう私も毎日、生成AIを駆使しています。これまでできなかったことが次々とできるようになり、興奮の日々です。
受講生が眠くなる瞬間もなく、退屈を感じることもなく、本当に充実した時間を過ごせる。そんな学びの場を提供できる、よりハイクオリティな講師になれるはずです。
AIの登場は、講師の役割を奪うものではなく、講師がもう一段深い価値を届けるための追い風になるだろう。私はそう信じています。
仕事を控えめにしながら、好きなこと、楽しいことをもう一度増やし、充実感を得ながら、この左耳もゆっくり治していきたいと思います。