いらっしゃい。今日はウイスキーをストレートで? いいですね。では、相棒も一緒にお出ししましょう。チェイサーです。ただの水と侮るなかれ、という話を今夜はします。
はい、どうぞ。右がウイスキー、左が水。交互にやってください。
チェイサーというのは「追いかけるもの」という意味です。強い酒のあとを、水が追いかける。追手というと物騒ですが、実際の仕事は逆で、あれは介抱役です。
強い酒で熱くなった舌を冷まして、一度まっさらに戻して、次の一口をまた新品の一口にしてくれる。ついでに、体の水分も守ってくれる。強い酒だけを重ねると、人は思っているより早く干上がりますから。
私はね、チェイサーこそ、バーでいちばん過小評価されている一杯だと思っています。チェイサーを目当てに来る人はいません。
ただの水ですから。でも、チェイサーのあるなしで、同じウイスキーの味も、翌朝の頭も、まるで違う。主役の味を、実は脇役が決めているんです。
日本酒の世界では、同じ水を「和らぎ水」と呼びます。いい名前でしょう。追いかける水ではなく、和らげる水。同じ一杯の水に、洋の東西でふた通りの名前が付いている。
役割に名前が付くと、ただの水が急に、一人前の仕事師に見えてくるから不思議です。名もなき仕事に名前を付けてやるのは、世界を少し豊かにする早道だと、私は思っています。
人生にも、チェイサーがあります。
強いもののあいだに挟む、薄いもの。仕事と仕事のあいだの、意味のない雑談。予定と予定のあいだの、ただ歩くだけの十五分。濃い人間関係の合間の、当たり障りのない近所付き合い。
ああいう「味のしないもの」を、われわれはつい削ってしまう。濃いものを続けて流し込むのが効率だと、どこかで思い込んでいる。
でも、濃いものを続けると、舌が麻痺するんです。二杯目のウイスキーが一杯目より薄く感じられるのと同じで、二つ目の案件の手応えも、続けざまの深刻な相談も、間に水を挟まないと、だんだん感じ取れなくなる。
感動の効きが悪くなったのは歳のせいだ、という人がよくいますが、私の見立てでは、たいていは歳ではなく、チェイサー不足です。
だから、あなたの予定表にも水を挟んでください。何もしない十五分。中身のない立ち話。目的のない遠回り。
手帳の上では空白に見えますが、あれは空白ではなく、チェイサーという名前の予定です。消化のいい一日は、濃いものと薄いものの交互でできています。
会話にも、チェイサーがあります。沈黙です。話し上手といわれる人をよく見ていると、たいてい、黙るのがうまい。濃い話のあとに、ひと呼吸の間を置く。その間で、聞いた側は話を飲み込み、話した側は次の言葉を選ぶ。
間のない会話は、チェイサーなしの強い酒と同じで、その場は威勢がよくても、あとに残らないんです。今夜の私の話にも、ところどころ、水を挟んであります。……ほら、いまのが、それです。
……いいペースです。ほら、水を挟んだあとのその一口、味が戻ったでしょう。それがチェイサーの給料日です。誰にも気づかれない仕事の、数少ない、報われる瞬間。
ついでに、水の格の話も。ウイスキーの蒸留所というのは、例外なく、いい水のそばに建ちます。銘酒の産地は、まず名水の産地です。
つまり、あなたの右手のその主役も、元をたどれば、左手のただの水から生まれている。脇役どころか、親なんです。世の中の立派なものの隣には、たいてい、こういう澄ました顔の水が立っています。
ちなみに当店では、チェイサーのおかわりは何杯でも無料です。当たり前の顔で言いましたが、これは私なりの小さな主義でしてね。
強いものは、有料でいい。でも、人を守る薄いものは、いつでも、いくらでも、ただ。──世の中ぜんぶが、だいたいそういう値付けだと、いいんですけどね。
さ、右のグラスと左のグラス、交互に。今夜は急ぎませんから、両方とも、ゆっくり空けてください。
また明日、灯りをつけておきます。