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いらっしゃい。今夜はブルゴーニュの赤を。品種はピノ・ノワール、一種類だけです。あの地方の赤は、基本的にみんな同じ葡萄から造られます。……同じ葡萄なのに、畑の名前で値段が十倍も百倍も違う。今夜は、その話です。

ブルゴーニュには、テロワールという考え方があります。土、傾斜、日当たり、風の抜け、水はけ。その土地の条件ぜんぶをひっくるめた言葉で、ワインの味は品種よりもテロワールが決める、というのがあちらの信仰です。

実際、道一本はさんで隣り合った畑で、こちらは村の名前で売られる普通のワイン、あちらは特級畑、ということが平気で起きる。同じ葡萄、同じ造り手でも、です。

千年前から修道士たちが畑を細かく区切って、どの区画の味が違うかを記録し続けてきた。その積み重ねが、いまの畑の格付けになっています。

この話、人に当てはめると、二通りの読み方ができるんです。

ひとつは、慰めの読み方。同じ葡萄でも、植わっている土地で評価が変わるんだから、いま芽が出ないのは、あなたのせいじゃなくて土のせいかもしれない、という読み方です。これは、本当です。

合わない職場、合わない役回りというのは実在します。ピノ・ノワールは暑すぎる土地ではいい酒になりません。品種の欠陥じゃない。土地との相性です。だから、場所を変えたら急に花開く人を、私は何人も見てきました。

もうひとつは、少し厳しい読み方。ブルゴーニュの畑は、動けないんです。動けないから、修道士たちは千年かけて、その土地を知り尽くした。斜面のどこで霜が溜まるか、どの区画が朝日を先に受けるか。

テロワールというのは、土地の良し悪しである以上に、土地をどこまで知っているか、なんです。すぐには動けない事情を抱えている人も、いるでしょう。家のこと、土地のこと、いろいろと。

動けないなら、修道士の流儀があります。いまの持ち場を、誰よりも細かく知ること。同じ畑でも、知り尽くした人の一本は、味が変わります。

動けるなら、土を選び直していい。動けないなら、土を知り尽くす。どちらもテロワールとの付き合い方です。いけないのは、土のせいにしたまま、調べもしないことだけで。

はい、どうぞ。……この一杯の後ろには、区画の名前がひとつ付いています。あなたの立っている区画にも、まだ調べ切っていない味が、たぶん埋まっていますよ。

また明日、灯りをつけておきます。