Adsenseポリシーのアダルトカテゴリに引っかからないか不安になってきたので、できるかぎり夜の営みに関しては、「果物のデザート」、という言葉で例えることにします。

これはあくまで自分自身の経験則における観点なので、この世のすべての男性に当てはまるものではない、ということを申し添えておきます。もっとすごい価値観を持った男性も多くいますし、まったく別視点からの価値観を持った男性も存在していることに間違いありません。

地球上に存在する男の数は、約32億人~35億人。そのうちの「1」の考えです。

果物が食べられるようになったら、冷蔵庫に戻す感じ。

過去の回想録では8ページ目。ストレスフルな高給取り時代。モテ期の残り香を「お金」という力で追加延長オーダーをしていました。我を見失ったオスとしては、目の前のメスに向かってとことんやるしかしない! と失態を犯す前までの間、自暴自棄な時間軸での出来事です。

下書きを清書しようかどうか悩みましたが、書き上げました。

誘ったバーやレストランでは、目の前の女性に対して魅力を感じていたのに(そのときは酔っていたので、アルコールによる脳の麻痺により、さほどタイプではない女性も美化されていた、という脳科学的な話を聞いたこともありますが)、果物を手に取り、包丁できれいに皮をはいでしまうと、急に酔いが覚めて、その果物を食べたくなくなるという奇妙な感覚に襲われました。

あれ、食べたかったのに……どうした?

その果物は、もう食べてもらいたい一心不乱の状態ではあるものの、できることならごちそうさまと、冷蔵庫に戻したくなってしまったのです。

これに関しては、明石家さんまのテレビ「踊るさんま御殿」にて回答がありました。

明石家さんまの話を模範解答とするのはどうかと思いますが、芸能人であり、恋愛経験に関しては誰よりも豊富で、毎週その手の話を公言しながらも一定の視聴率は得ています。

それゆえに今回は、これを模範解答にしたいと思います。その回答がこちら。

「女はあかんでー、男の前で脱いだら女はそこで終わりや!」

会話の流れ……理解した内容と一致しているかどうか不安ではありますが、彼が笑いながら言い放ったこの言葉が、非常に耳に残りました。

解釈として、女性の魅力は服を脱いだら、男はそれ以上感じなくなるから、本気のとき以外、女性は男の前ですべての服を脱いではならない、ということだったと思います。

この解釈で間違いなければ、お皿の上の果物を前にして、包丁で皮をむいた後に食べたくなくなった気持ちが、まさに「これ」に該当するのではないかと思いました。以下、「これ」です。

早熟期によるお互いの魅力(恋愛中において)の崩壊について。

論文のような見出し(Webでは「h2要素」)ではあります。

お皿に横たわった果物の中身が腐っていたからとか、そうことではありません。どんなにみずみずしい果物でも、気持ちの変化は一定と確信しています。男は特に、恋をしてその状況下まで行ったのなら、果物の状態<第三者からみて>は関係ないのです。

重要なのは、早すぎなかったかどうかということ。

その状態の場面こそ、女性に対する魅力(恋愛として感じる魅力)のピークで、恋愛はその瞬間で終わりの可能性を秘めている、と考えてしまいました。

反復法的な言葉の連なりになりますが、その状態のシーンが、100ある魅力をまだ15しか知らないときにデザートを頂いてしまった場合、と説明すればいいでしょうか?

言葉を間違えると大変なので、慎重に説明をしていきます。

僕の姪っ子に無条件の愛を注ぐように、好きな女性に対して<恋愛>の「好き」から、<家族愛>の「好き」へとシフトしていかないと(その変換方法など、到底想像もしませんが)、結婚というゴールまでには至らないのかもしれません。

この仮説が正しいとすると、何度もお付き合いを重ね、果物がしっかりと熟した100に近い状態で食べないと、家族愛のような無条件な愛の状態に進化することはできない。

男性も女性も、お互い安易に欲に任せて手を出してはいけない、ということです。愛のデザートの食卓は相手のためを思うことができますが、恋のデザートはおおかた一方的と推測します。

この状態(興ざめする)に陥るということは、どちらかが快楽を満たすための一方的な性欲の達成が目的、と結論づけましょう。お互いに酔っていれば、特にそうでしょうね。興奮、寂しさの埋め合わせ、傷の舐めあい、そんな類のものです。

彼氏彼女の間柄、その時間軸というものは、とても重要な時間なのだなと認識……という言葉は違いますね。予測しました。