時間軸は、最近の話です。クライアントはその場所を「会議室」と呼んでいました。

行き先は、初めてのキャバクラ。3階分の階段を上がると、白いワイシャツ、黒のミニスカートを履いた女の子たちがわんさかいました。

店内は淡いピンク色、かなりのボリュームの洋楽サウンドが流れており、店内に入ると席がびっしり埋まるほど、スーツを着たサラリーマンと女の子で溢れかえっていました。

華やかというか、異様、というのが最初の印象。ただ、この「会議室」と呼ばれる中で対応してくれた最初のお姉さん、自分の中ですごい安らぎを得たのには驚きました。

最近は仕事の話しかしていません。友達と飲み会をするときも、だいたい結婚話がほとんど。世間話すらしなくなりました。ですので、このタイミングでキャバクラに行った、というのは、何かの啓示なのでしょう。

過去の記憶 Case 9:話しを聞いてもらう心地よさ。

それは性的快楽ではなく、話すことの快感。相づちをジャストタイミングで打ち、すごーいと感激してくれる。最初は何から話せばいいのかわからなかったものの、彼女は会話の引き出しがうまかった。踊らされるように、自分は会話を楽しむことができました。

  • キャバクラは疑似恋愛を楽しむもの。
  • 風俗は快楽を楽しむもの。

確か、誰かにそう聞いたことがあります。

あのフィリピン・パブ好きの恋愛マスターだったろうか? なるほどこれが疑似恋愛なのかと、2時間長い時間ではありましたが、その日は年末シーズンということもあり、大いに女遊びを堪能したという気分ではありました。

冷静さを取り戻す。

自分も講師ゆえ、会話のプロです。

クライアントと「会議室」へ出かけることはそれから2回ありましたが、年明けとなり、次第に冷静さを取り戻しました。擬似恋愛は、すべてが金です。年末に楽しかったのは、クリスマスシーズン、女性と2人で話をしたかっただけ、ということに気が付きました。

他愛もない話。なんの目的もない話。ただ、どうしてあれだけ楽しかったのか?

そして、今の自分に気づく。

女性と気兼ねなく話したこと、最近なかったな、と。

仕事だったり、生徒さんだったり……相手の感情に合わせるだけで、どうしてもリラックスして話すことができていない自分に気がつきました。おかしなまとめになりますが、キャバクラが教えてくれたこと。話す楽しさを教えてくれた気がします。

  • 受講生の悩みを解決したい
  • この難しいことを自分の説明で納得させたい
  • アンケートで満足度マックスにしないと
  • 何か雑談を挟まなきゃ
  • ここで宣伝を入れないと
  • このクライアントから気に入られないとな
  • ここは自分の主張を言わないと
  • なんとかご機嫌をとらねば

自営業者になって、けっこう相手のことを考えて話していました。

結果的に、相手に合わせすぎたことで、自分の幸せというものを削ってしまった気がします。やはりいつかはボロが出る。このままでは、あと2,3ヶ月程度で波乱な出来事になりそうです。先週、口角炎ヘルペスが出てきたということは、ストレスありということでもあります。

自営業になってから、嫌われたくない病でも発症したのでしょうか。

これを失敗すると、次の仕事が得られらなくなる! そんな焦りは常にあります。金をくれるんだったら土下座も平気でできる、そんな心持ちでもあります。

自分が幸せじゃなかったら、相手を幸せにはできない。相手の感情に合わせれば、自分もその感情に陥り、S極とS極になった状態では、うまく人をマネジメントできない、とは職業訓練校で、キャリアカウンセリングの豪腕なおっちゃんから教わってきたことを思い出しました。

僕はまだ優しすぎました。異常なまでに。振り回されていたと感じていた原因もこれでしょう。

これからはもうすこし、自己中心的に生きていいのでは? それこそ、キャバクラで一方的に話をしたときは、すごく楽しかった。自分が楽しめたあと、相手を楽しませることに全力でできますよね。何かを計算しながらしゃべるのはもうよそうと思います。

キャバクラは、それに気づかせてくれました。

まわりの友達がいじめられていたこと

これはもしかすると、僕の生まれ持った癖なのかもしれません。

相手の感情にあわせながら話していたのは、昔からだと思います。僕のまわりの子たちが次々にいじめにあっていたのは、このせいかも、と一瞬思ったのです。自分の行動・言動によっていじめの環境が育っていったのかな……。

それはないと信じます。深く考えるのはやめにします。