同級生が出演しているミュージカル「アルジャーノンに花束を」を観に行きました。

原作はダニエル・キイス。昔は好きではなかったのですが(20代前半に読んだものなので、まだ感受性が豊かでなかったのかもしれません)、本で読むのと観劇をするのとでは、作品の印象、感じるものが異なってきますね。作品のあらすじはこんな感じ。サイトから拝借すると……

32歳になっても、幼児なみの知能しかないパン屋の店員チャーリィ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話が舞い込んだ。大学の偉い先生が頭をよくしてくれるというのだ。この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。やがて、手術により、チャーリィは天才に変貌したが……。

http://www.algernon2014.com/

チャーリィ・ゴードンはどうすれば天才から脱出できたのでしょうか? 2014年9月28日までやっているので、行く予定の方は読まないでくださいまし。


会場は天王洲銀河劇場。品川駅から歩いても15分かかるかかからないかだったので、お散歩としてはちょうどよかったです。

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主演の浦井健治くんの演技力、ぱねぇ感じでした。同い年とは思えませんね……管理人もがんばらなくては。

さて、かしこくなればなるほど失ったもの=笑顔。安寿ミラさんの台詞はズーンときました。小説では感じ取れなかったところ。原作はそこまで考えずに読み進めてしまった気もします。

頭がよくなればなるほど、笑顔がなくなる。理論的になり、すこしのミスも許せなくなる。1+1の答えが絶対に2でないと納得できなくなる。周囲が3だったり4だったり、異なった答えを導こうものなら、またはそれを吹聴しているシーンと遭遇すれば、率先して違うと訂正を入れてしまう。入れたくなってしまう。入れざるを得なくなってしまう。理論的に不整合なものに対して、それを整合したくなる生理的な「欲求」さえ出てくるのかもしれません。

けれども、訂正された側はこんな心の変化があります。1回目はお礼をします。2回目は1回目よりも感謝はなく、3回目からは感謝はない。4回目から苛立ちを覚え始め、5回目からは怒りになる。いちいち訂正されることが癪になってくるからです。

・ 君、それは違うよ。
・ 違うよ、何やってるんだよ。
・ 違うんだよ、だからそれは。
・ 違う違う違う違う!!!!

知識のある方は知識のない側に対して苛立ち、知識のない側は知識のある方に苛立ち。感情的なコントロールができなれば、どちらも笑顔がなくなっていくわけですね。

人間が脳の力を全て使えないのは、人間が人間として生きていくなんでしょう。限界突破してしまったら、人を殺めることが合理的に整合した場合、殺人鬼となってしまいますし、自分が人間であることに対して不整合だと気づいてしまったとしたら、自殺をしてしまうかもしれません。全てをYes Noで判断してしまい、調和が取れなくなるのでしょう。賢くなりたいという欲求。それ以外にも、お金を手に入れたい。もっとモテたい。もっとかっこよくなりたい。もっともっと……という神様から与えられた範囲を超える欲求は、身を滅ぼしかねない。

チャーリィ・ゴードンはどうすれば天才から脱出できたか? エヴァのパクリになってしまうのだけど、笑えばよかったのかもね。

観劇後は、T.Y.HARBORでIPAを飲んで帰宅しました。

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天王洲はなかなか素敵なところですね。