久しぶりのコラムになりますね。パリで一週間過ごしてきたことが旅行記では書ききれず、いろいろ思ったことをコラムでまとめたいと思います。

というのも、最近偶然にも「アルケミスト」の話を3回も目にしたので、その中の話のひとかけらを出すべきなのでしょう。以下、作品中にあるスプーンの油の件です。

賢者にどうしたら幸せになれるか? という質問をした若者。

賢者は、若者にスプーン1杯(2滴の油だったかな?)の油を渡し、これでわたしの家を回ってこいと言う。若者はその油を落とさないようめぐり、戻ってくる。賢者は若者に、わたしの部屋はどうだった? と尋ねた。

油をこぼさないよう注意していたので、何も見ていませんと若者は答える。では、もう一度みてこいと指示をし、若者は賢者の部屋にある優雅なものに目を食い入り、スプーンの油を知らない間にこぼしてしまう。

この話の教訓は、幸せというものはこのスプーン程度のもの。外の世界を見ながらも、なおかつこのスプーンの油を忘れてはいけない、というものでした。


これまでのフリーランスでの生き様は、まさに外の世界に目を食い入るように世間やお偉いさんの目に流され、他人の意見や見栄・プライドに流されて生きていたのかもしれません。振り返ってみれば成功といえるでしょう。たぶん、成功です。結果論からして満足しています。けれどもスプーンの油はあるかといえば、ないでしょう。濡れているぐらいだと思います。まわりを見すぎてしまい、あわせすぎたためにスプーンの油をほとんど零してしまったのかもしれません。

外の世界に流されてしまったがため、見ていれば美しいだけ、欲しくはない芸術品を手に入れまくってきたようにも思えます。得点としては60点ぐらいの人生でしょうか。そんな採点が非常にしっくりきています。

あのとき拒否すればよかった。
これは自分のやるべきことではなかった。

まあ、やってみないとわからない部分もあり、挑戦というカテゴリーでは尊敬すべきところでしょうが、すべては結果論です。パリから戻ってきた自分は、かなりその点を反省しています。

だからといって、躍起になって外の世界を見ずにスプーンの中の油ばかりを見入ってはどうしようもない。さじ加減が非常に難しいことを知らされるニュアンスですが、このフリーランス3年目に突入した今、すこしだけスプーンの油に注意を注ぐようにしていきたいと思いました。

すこしでいい。その物事が自分にとって正しいかどうかをロジカルシンキングする。たったそれだけの手間を入れることで、この3年目は2年目よりも横臥できるかもしれない。非常に難しい課題ですが、この気付きというものは道標のような、まるで宣告を受けたような気がしてなりません。

アルケミストという10年ぐらい前に読んだ本が、こうして目についたのも何かの転機を示してくれているのでしょう。4年目に突入したとき、自身のスプーンの油はどのようになっているでしょうか? またこの記事を読み返すことが楽しみです。

さあ、がんばるぞぃ。