祖父母の家がなくなってあふれ出す昔の記憶。

祖父母の家が解体されて更地になる ―― 自分のいた場所が消えるのは、これで2回目です。

1回目は、私の誕生から小学4年生まで過ごした2階建ての木造アパート。今からもう20年ほど前のこと、そのアパートの解体作業がはじまったとき、兄と一緒にカメラ(写ルンです)を持ってそのアパートへ行き、自分たちが住んでいた部屋の写真を撮りました。

扉はすでに取り外され、出入りは自由な状態。休日だったため工事の人は誰もおらず、不法侵入といえばそうですね。半壊した建物に思い出を探しに侵入する。学生時代のちょっとした冒険でした。

「あの日を思い出すな」

大阪で働く父の会社の知り合いが送ってくれたこの写真を見て、兄と夜な夜なLINEで語りました。

本当に何もなくなった。喪失感しかありません。

こちらの写真は、もう来ることはないと、私が最後に祖父母の家とお別れをしたときの写真です。この家が取り壊されました。

去年の名古屋出張時、仕事が終わってから京都まで向かい、京都のおじさんに鍵を開けてもらって入りました。ひととおり回ったあと、最後に居間の掘りごたつに入って、子供時代を回想します。

正面の席がおじいさんの席。右側がおばあさんの席です。右側に見えるコンセントの前に石油ストーブが置いてあって、その上にやかんがありました。

私の座る右後ろにテレビがあり、エアコン下にもテレビがあり、いとこたちとそのテレビでスーパーファミコンやニンテンドーDSで、親達にに怒られるまで遊んでいました。

ゲームに飽きるとこたつに入り浸り、みかんを食べながら漫才をみたり、クロスワードパズルを解いたり、おばあさんの好きな芳文社の「まんがタイム」を読んだり。

午後4時ごろになると、近くの銭湯へみんなと一緒に出かけます。

戻ってくると、豪華な食事がこのテーブルに並んでいました。しゃぶしゃぶをしたり、すき焼きや焼き肉をしたり、鍋をしたり……。

食後は花札、五目並べ、将棋、麻雀、ひととおりの遊び(賭事)は覚えたと思います。盆と正月に許される、京都の家でのぐうたら。温かい部屋でした。

これが時間の流れでしょう。

この写真を撮ったとき、家の中の時間がはずれている。そう思いました。けれども、この掘りごたつの景色から、子供時代の思い出がいっぱい蘇りました ―― 餅つき、花火、お年玉。

最後にこの家を出る前に、仏壇にあったおりんを結構強く叩きました。そのときも心の中でつぶやいたけれども、家がなくなった写真を改めてみてつぶやきます。

おじいさん、おばあさん。素敵な子供時代をありがとう。

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