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フランスから、管理人の友達のやっくんが帰国してきました。彼はフランスで開業した猛者です。整体・鍼灸・エステティック・ストレッチ・アロマセラピーと、魁!男塾・江田島平八のように、人を癒やしに関係するあらゆる技術を習得し、己のビジネスを展開しています。

昨日は、そのやっくんと飲みました。がたいが大きく、有名人に例えるとドラゴンボールのナッパさん。今朝はふと、やっくんとの思い出などなど、原稿用紙8枚程度に書いてみました。昨日は批判的なブログを記載したので、今日は管理人の平和的ログです。安心してご一読ください。

それでは綴っていきますね。

自営業のはじまりは、フランス・ニースの一人旅

会社から正式な解雇通告を受けたのは、2012年2月だった。きたるべき最終月となる3月の有休消化をしようと、社員全員でスケジュールを組んでいたとき、ふと思い立った。

(土日を含めて10日間取れるか、フランス行けるな)

フランスには、やっくんという友達がいる……とはいえ、友達といっても、同級生のライブで同席になっただけ、その後1回飲み会で再開し、Facebookで繋がったばかりだった。フランスという知らない土地へ向かうにあたり、Facebook上から「3月にいくわー」とメッセージを投げ、本当に出向いたのは、今から考えてみても無計画な旅だったと思う。彼もときどき私に言う。

「行くと言って本当にニースまで一人で来た奴はそういないぞ」

当時、私はスキューバーダイビングを趣味としていた。これまでのツアーは、すべてダイビングショップに委ねていたため、自ら計画してどこかへ旅行する、という行為を一切したことがなかった。ダイビングインストラクターがすべて計画してくれたため、私の旅行は常にツアー参加がメインだった。だから、成田空港に一人でいることも初めてだったので、過敏性大腸症候群に襲われ、日本を出国する前に緊張のため、2回トイレに篭ったのを今でも覚えている。成田空港のトイレは世界的に綺麗だ。とても助かった。

KLMオランダ航空という知らない航空会社の飛行機に乗り、オランダ・スキポール空港でニース便に乗り換えるべく、そこで5時間滞在した。シェンゲン協定による入国審査を終え、スキポール空港の広さに圧倒されると、小学校3年生以来とある、あのホームシック特有の寂しさに襲われた。なんで大金払ってこんなところまで来たんだ? 日本に戻りたい。

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そして、スキポール国際空港からニース・コート・ダジュール国際空港まで、日本人はもう一人もいないという状況に置かれた。独り言が落ち着くための手段だった。寝たらバッグを盗まれるかもしれない。ハイネケンぐらい1杯頼んでみよう。空港でシャワーを浴びてみようかな、でも浴びたら眠くなるかな、オランダらしいお土産でも買って帰ろうかな……5時間という時間をそうやって克服し、私はオランダをあとにした。

ニース・コート・ダジュール国際空港に到着すると、激しい重低音のクラブ・ミュージックが流れていたのを覚えている。空港からもうクレイジーな外国人が踊っているのだろうか? 私はやっくんを探した。かなり早足で空港内を移動した思う。そして到着ロビーに到着すると、彼は外国人を圧倒する威圧感を漂わせながら、長い足を組んで待っていてくれたのだ。

エズからの帰りの出来事は、今の私の原動力

フランスのクロワッサン、オリーブオイル、ワイン……ニースでの思い出を語ると、おそらく原稿用紙50枚ぐらいになりそうなため、一番の出来事をピックアップしよう。それは滞在3日目に出向いたエズだ。ニースからエズは、バスで20分〜25分ぐらい。渋谷駅から赤坂駅ぐらいまでの感覚で間違いない。山間の道を進んでいったが、とにかく近かった。

エズの街を堪能し、帰りはニーチェの哲学道を歩いて降りた。およそ35分の道のりである。ゴールは、エズの列車駅だ。駅についた私は、ここで一人旅の大きな喜びを手に入れるのである。

エズの切符券売機は、日本人の私には理解不能な券売機だった。駅にぽつんと佇む、公衆電話のような券売機だ。どうやってニースまでの切符を買うのか? 幸いなことに、人はプラットホームに誰一人いなかった。

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フランス語が読めない……けれども落ち着け、切符を発券するシステムは、ユーロという変数を入れ、ニースまでという距離の関数が入ることにより、変数に応じた切符という解が出ることは全世界共通の流れだ。これか? これか? こうなればいいのか? おおっ、出た!

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そしてニースまでの切符を購入することができた。あのときの喜びといったら、誰もが脱出できない脱出ゲームを一番乗りでクリアしたような心地だった。いまでは趣味が一人旅となっているが、このエズの切符券売機で切符を購入できたことが、一人旅の醍醐味を知った開始地点だった。いま、こうしてフリーランスとして生き抜いているのも、あの切符を購入できた感動を昨日のことのように覚えているから、といっても間違いない。

言葉がわからない土地にも関わらず、私は自由に動くことができている。日本に戻れば、言葉がわかるのに自由に動けないのはなんでだろう? 窮屈さを感じているのはなぜだろう? その疑問点に到達し、自由に動いていないのは、単に目的地を定めて移動していないからだ、という答えに至ったことで、それから私の毎日の見る景色が変わっていった。

ニースでのラストナイト

基本的にやっくんは、私を放置プレイにさせてくれた。宿を提供するだけ、一人旅を堪能させてくれるために、自由に行動させてくれた。そして最終日には、彼のおすすめする半地下のレストランで、豪勢なラストナイトパーティーをささやかながら開いてくれた。

料理の写真がことごとくぶれているため、こちらをアップしよう。パルミジャーノレッジャーノの中で作るパスタだ。格別なうまさだった。

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あれから4年、こうしてなおも仕事のことや女について、人生ついてあれこれ話しながら酒を酌み交わせるというのに、私は孔子の学而時習之。不亦説乎。 有朋自遠方来。不亦楽乎。 人不知而不慍。不亦君子乎。の文言を思い出す。

私は私の道を突き進み、彼は彼の道を突き進む。次に再開できるときはいつかわからないが、また笑い合いながら、過去を振り返りながら、昨日のように話の花を咲かせたい。次にどれだけお互い成長しているか、楽しみでしょうがないのだ。

おわりに

とまあ、書こうと思えばどんどん書けてしまうので、フランス・ニースの一人旅というものは、自分の人生においても、上位に入る思い出になっているのだな、と改めて感じます。

残念なことに、フランスのみならず、ヨーロッパ各地でイスラム国によるテロが続いているようです。フランス・ニースでは今年の7月14日、大きなテロが発生しました。その後も震度1や2のような細かいテロもあるようで、彼のビジネスにもダイレクトに影響が出ています。

日本は日本で熊本地震、鳥取地震と、そして南海トラフ巨大地震がいつどこで起きるか、災害という爆弾を抱えながらではありますが、そんなことを心配していては、一歩も先へは進めません。今という時間を無駄にせず、できることを着実にやっていくほかありません。長くなりました。最後は彼のブログで使われる、締めの言葉を引用してこの記事を終わりにしましょう。

さて、明日の自分の為に、今日の僕はなにをしよう?