仕事終わりの帰り道、ふと3年前の講座を思い出しました。

大学からのご依頼で、受講生徒は2人だけ。双子の学生で、どちらも重い障がいがあり、彼女たちに対するMicrosoft Office WordのMOS試験対策講座でした。

間に入っている会社から等級と厚生労働省のURLを教えてもらったのですが、その級で本当にパソコン操作ができるのかな? と、当日まで心配でいました。

MOS試験対策講座の場合、講師のステータスは「合格率」が全てです。

業務に役立つ機能や事例、便利なショートカットキーとか、そんなものを教える必要は一切ありません。公式テキストに記載してあることを、かつかつな時間内で効率よく教えます。

はしょるところははしょるのです。

わかりやすかった、面白かった、ためになりそうだ、といったアンケート評価をもらっても、そんなものはいりません。合格率が全てです。寝ている学生がいれば起こしますし、うるさい学生には厳しくします。合格率さえ出せれば、嫌われたってOK。

資格試験講座というものは、そういう属性です。

障がいのある受験者の場合、MOS試験の試験時間は通常50分ですが、倍の時間が与えられます。単純に試験時間が倍になるだけで、介助人が操作をサポートする、ということは認められません。問題数、問題解答方法、条件は全て一緒です。

障がい等級を見ながら、2人への指導依頼をOKした場合を考えました。

1人が落ちれば合格率は50%という数値となり、2人落ちれば0%という数値を受けることになる。講師キャリアとして、累積合格率がカウントされているのなら、一気に下げてしまう要因を含む講座だよね……と。

大人の事情とは、いつだって怖いものです。

けれども、チャレンジしてみたかったんですね。講師キャリアとして、これは初めてのことでした。また、当時は講師の中でも一番年下なので、合格させることができなかったとしても、まあなんとかなったでしょう。

結論からして、管理人は2人を合格させることができました。あのときのことを、ちょろっと記載しようと思います。


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Word講座なので、キーボードが打てないと合格は絶対にできないし、ドラッグ&ドロップができないと、これまた合格すら無理というもの。講座前の準備として、どんな流れでいこうか? すごく悩み、あらゆるパターンを考えました。

当日、双子の彼女たちは電動車椅子に乗って、お母さんと一緒に大学のパソコン教室へときました。お母さんのサポートがないと、お手洗いに行けないほどの障がいということ。また、両手の指の関節が固まっているせいか、指の動きにも制限がありました。

三倉茉奈・佳奈のように2人はそっくりで、6時間を3日間、計18時間一緒にいたのですが、どっちがどっちだか、翌日になるとリセットされます。

2人とも不定期に、驚いたように体をビクっと動かしてしまうのですが、講座中何度も2人が一緒にビクっと動かす姿を見て、双子ならではのシンクロを目の当たりにしました。けれどもWordの操作に関しては、お姉ちゃんが慎重派、妹のほうが突進型でしたね。お母さんが「そうなんですよー」と性格の違いをWordから発見できて、嬉しかったです。

講座開始前に、2人に「おはようございます」というタイピングをしてもらい、その文字を選択して太字にしてもらいました。ゆっくりとした操作ではありましたが、タッチタイピングも指一本であるものの問題なし。マウス操作もカーソル移動はゆっくりでも、ドラッグ&ドロップも問題なし、正確な操作ができているため、こいつは合格できるぞという確信を抱きました。

その確信が強みとなり、3日間最高の講座ができたのかもしれません。

たかがWord、されどWord、このWordでMOS試験が合格できたら、いろんな可能性が見えてくる。彼女たちの人生が華やぐぞと、強く思いながら指導をしていた気がします。思い出すと、以下のことがあふれ出てくるんですね。だからそうかな、と。

  • Wordが合格できれば、Excelもできるはず。
  • Excelができれば、お金の処理ができる。
  • WordとExcelができれば、ネット業務もできる。
  • パソコン1つで人生の幅を広げられる……。

どうして、この記事を書こうと思ったのか?

それは「誰かのために尽くしたい」と思って指導しているかな? と、ふと思い直したのです。指導業務が多くなると、効率性を求めていきます。初歩的な部分は自動的に学習できるように、と現在進行形でその類のコンテンツを作成しているのですが、準備したことをただ教えようという状態となり、相手のことを強く考えることが薄れていく気がしてなりません。

効率性を求める理由は、時間を節約し、節約した時間でマネタイズに力を注ぎたいため。しかし、この方向性に走りすぎると手元を見失います。また、相手のことを考えすぎると、相手の奴隷となってしまうので注意が必要です。この中庸が難しい。

アルケミストの本にもあるように、いかにしてスプーンの中の油をこぼさず、まわりの景色を見るか? というステージにきたのかもしれません。

あの講座は、講師として非常にグッドでした。リスクを背負いながらも収益を受け、相手のことを真剣に考え、無事に合格という結果を出せた。彼女たちがその後、さらにスキルアップして、パソコンの幅が広がってくれていたら、すごく嬉しいな。

あのときの自分は、スプーンの中の油を大事にしながら、まわりの景色に感動できた。それを保存したくて、この記事を書きました。書き出したいま、けっこうすっきりしています。

講師としての視点がずれないよう、これからも心がけていきます。