2016年は、開業してから4年目の年です。Facebook内の投稿では、確か2回ほど愚痴ったかもしれませんが、2016年3月末で主たる取引先との契約が解消されたため、これまで頼っていた収入(ベーシックインカム部分)が、すっかりなくなってしまいました。

1社に依存していたわけではないので、4月から無収入になってしまった! ということはなかったのですが、取引している中でも、報酬請求権の割合が一番大きかったので、正直ダメージはありました。

6ヶ月試算をし、最低2016年8月までにはその会社に変わる業務をいただかないと、このまま一気に赤字路線だな……というストレス(不安)と戦いつつ、幸いにも6月より持ち直しましたが、すべて短期的な業務のため、2017年に向けて種まきをしていかないとならず、いまだ不安定な状況が現状です。

けれども自営業者として、そんな不安定を楽しんでいますね。もう慣れっこになりました。

前の記事にも書きましたが、ビジネスが社会的貢献として運用され、利己的にさえなっていなければ、絶対に資金は底をつかない! という信念があるからです。その証拠として、Excelの講師らしく、自分の収益でZチャートによる分析をしてみましたが、きちんと上昇方向なわけです。だからこそ、大丈夫という信念はあります。

まあ、その信念と不安となるストレスの戦いが四六時中、意図せずに頭か心のいづれかで、不規則にはじまるのですけどもね。

さて、物書きの悪い癖、前置きが長くなりました。今日はTransparently(とらんすぺあれんとりー)において大事なお仕事、システム業務の出張が昨日終了いたしましたので、それについてまとめてみたくなりました。

唯一の全国出張となる、大事なシステム・ネットワーク管理業務、ベーシック・インカムとなるお仕事にならずとも、管理人の手に入れた仕事の中で、絶対に譲れない業務です。来季もまたお声がかかることを祈りつつ、計11道府県を巡ってきて感じたことを書きました。

だ、である調の記載が最近お気に入りなので、また文体を変えてつづってみようと思います。それでは写真を交えながら綴っていきますね!

2016年の出張回想録

ネットワーク業務は生涯やらないと心に決めていたのだが、講師のスキル、そしてネットワークスキルを買っていただき、とある会社と契約ができた。その取引をした場所というのも、思い返せば飲みの席である。酒席とは、私にとって最大の取引場所なのかもしれない。

その仕事も、また「とある」という代名詞を使わざるを得ないが、とある展示会での業務依頼だ。現場スタッフに、操作端末の説明・エラー処理・例外対応などをレクチャーし、運営時にその展示会のシステムを総括するというもの。ゆえに、教えるスキルに加え、ネットワークスキルが必要となるというわけだ。実に適職である。

関係者に顔を売り続けた去年のトレーニング期間を終え、本格的に一人で任されるようになったのは今年から。さまざまな展示会が開催される度、私は全国各地へと向かった。

2016年最初の出張場所は、北海道函館だった。想像以上の寒さと雪、雪国の洗礼である。さらに業務や担当システムの全体像が見えず、業務においてはかなりのストレスがあったものの、今年最後の出張となる11道府県目、岡山県倉敷において、人生レベルで記憶に残る貴重な体験となって完遂した。

終わった今、興奮に値したため、その思い出を<記録>として回想していきたい。

2月12日~14日 函館・木古内

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函館・木古内でネタバレとなるが、北海道新幹線の開業イベント業務におけるシステムを担当させていただいた。私は木古内駅での作業だったが、寒さが骨にくる、という体験が初めてだった。写真は函館と木古内までの雪景色、業務終了後、朝市のカニ汁(100円)が忘れられない。

3月11日~13日 大阪

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大阪での仕事は初めてだったが、関西は関西で、関西なりの仕事のやり方があるのだな、と痛烈に感じた出張だった。皆、決断が早い。関西の景色は見慣れているものの、スーツで町を歩くことで、また違った景色として大阪が映った。

父が大阪勤務だったため、行きつけの居酒屋に連れて行ってもらった。様々な料理をいただいたが、このタコ串が忘れられない。

4月6日~7日 名古屋

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業務終了後の強行観光、名古屋城に出向いたのは初めてだった。桜と名古屋城、その景色が圧巻で素晴らしかった。ただし、名古屋城の中にエレベーターがあるのは、さすがに興ざめといったところではあったが……。

4月12日~13日 金沢

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業務上のトラブルが多かった金沢。この出張の強行観光も、兼六園には心を奪われた。日本三名園なんかには興味すらわかなかったが、葉桜でも見事だった。ただし兼六園滞在時間は10分しかなかった。

4月27日~28日 静岡

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東京からひかり号で向かう静岡。ここはなんといってもお茶だった。食事処が静岡駅で食べるほかなかったのだが、この茶そばセットは忘れない。

5月9日~10日 鹿児島

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熊本地震のため、4月は中止となった鹿児島出張。この5月も、熊本では余震がなおも続いていた。食事処では宮崎地鶏を選択し、鹿児島の焼酎で頂いたということ。自由な時間はあまりなく、ホテルがピンク街にあり、ホテルの部屋に風俗嬢を呼ぶならここへ! という案内まであったぐらい。あまりいい場所ではなかった。

大雨が続いていたため、地鶏を食べたあとはコンビニ食とチューハイでおとなしく過ごした。

9月21日~22日 仙台

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秋は仙台からスタート。地元の子に聞いた、司という牛タン屋がうまかった。出張初日ということもあり、ほとんど稼ぎを牛タンと酒につぎ込んでしまった。地震のことは忘れ、名物の牛タンを食べることに専念した。

9月27日~30日 埼玉

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仙台出張後、しばらく風邪を引いてしまったのだが、気管支炎が残り、胸が苦しい状態での出張となった。さいたまスーパーアリーナ傍のホテルで、ほとんど寝込んでいた。食事もコンビニ食のみで終わらせたため、さほど印象は残っていないが、実にゆっくりできるビジネスホテルだったということは、鮮明に記憶が残っている。

10月4日~6日 広島

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初めて原爆ドームに訪れることができたということ、そしてオバマ大統領が演説した平和記念公園にも来ることができた。原爆の話は伝聞のみ、原爆ドームはその時間を残してくれているので、機会があれば見たほうがいい。そして日本三景の宮島・厳島神社だ。強行観光ゆえ、滞在時間は30分しかなったが、ライトアップした絶景は素晴らしかった。

10月12日~13日 新潟

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2回目の新潟。信濃川が函館木古内間の冷たさを見せてくれる。やはり米がうまい。初回では気づかなかった「タレカツ丼」と「へぎそば」。へぎそばのうまさには驚いた。

10月18日~19日 岡山

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そして岡山。滞在時間20分、日本三名園となる後楽園を強行観光だ。青々としていたので、春の兼六園より感動はなかったものの、岡山城を見渡せる作りには驚いた。もうひとつ、茨城の偕楽園を見て、コンプリートだ。

それぞれ1枚のみの写真によるまとめとなったが、北海道、東北、中部、関東、関西、中国、九州と、四国を除いて訪問することができた。日本がこれだけの料理と景色あるということに驚いている。ということは、いかにいままで東京という大都会で井の中の蛙だったか? ということを思い知らされた。

日本は飛行機または新幹線で、半日あればどこへでも出かけることができる。これだけ移動時間が少ない中で、県民性があり、名産があり、景色があるということに、興奮を覚えた。この国が改めて素晴らしい国だなと記載するとおおげさかもしれないが、それくらいのインパクトがあった2016年の出張だった。この仕事はやみつきになる。

まだ、足を踏み入れていない県は、数えてみると18県となる。是非、日本人である以上、日本列島全国を堪能したいと強く思った。

まとめ

厳選した写真を選んだら、49枚にもなってしまい、さすがにそれをすべて1ページにアップできないので、このような形態となりました。

その場所、その土地で、いろいろな出会いもありました。仕事を通じて、全国各地に知り合いができていく、というのも報酬請求権から生じる副産物と思います。

上記記事は、ただの回想録ではありますが、「全国を旅してみる」というアクションを起こしたことがなかったら、積極的に機会を作ってみることをおすすめします。管理人は全国旅をしたいという欲求を叶えるために、この仕事に食らいつきました ^^;

自分の住んでいる場所以外の土地を知るということ、それは自分の人生において、そこに重要な出会いがあったり、発見をしたり、ターニングポイントになることもあるのでは? と考えています。

2016年は、平均1ヶ月に1回は移動することができたので、お腹いっぱいの状態です。2015年12月末までに得られなかった、まだ完全な言語化が完了していない「興奮」を得ることができました。

そしてそれは、管理人の今後の仕事にも、大きな影響を与えてくれると信じています。

追記:ビジネスホテルについて

これだけ出張していて、よく眠れるホテルとあまり眠れないホテルの違いがわかりました。

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↑ これがよく眠れるビジネスホテル。

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↑ そして、これがよく眠れないビジネスホテル。

違いは、ベッドから水回りが見えるか見えないか。部屋を広するために、という理由もあると思うのですが、ベッドからユニットバスに続く扉が見えてしまうと、落ち着かなくなるんだな、という発見がありました。皆さんはいかがでしょうか?